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- 第18回アジア競技大会&居残り3日間-
2018年8月18日から9月2日までインドネシアで開催された第18回アジア競技大会ジャカルタ・パレンバンにプンチャック・シラットの審判として参加しました。なお、プンチャック・シラットはジャカルタ側で実施され、競技初日は8月23日、最終日は29日でした。
アジア大会プンチャック・シラット概要
(1)大会について
(2)大会参加国
(3)大会日程
(4)プンチャック・シラット競技種目
(5)プンチャック・シラット競技結果
大会こぼれ話・裏話
前日譚
8月20日(月):到着
8月21日(火):大会会場
8月22日(水):犠牲祭の日
8月23日(木):初日!
8月24日(金):試合は続く
8月25日(土):本番の日
8月26日(日):盛り上がる日曜
8月27日(月):まさかの全取り
8月28日(火):休息の最終日前日
8月29日(水):VIPだらけの最終日
8月30日(木):映画鑑賞
8月31日(金):ボゴールまで遠出
9月1日(土):やっとチェックアウト
9月2日(日):帰国
第18回アジア競技大会プンチャック・シラット(23rd Aug~ 29th Aug. 2018)概要
アジア競技大会の会場はジャカルタとパレンバンに分割されているが、競技シラットはジャカルタ開催であった。会場は毎度おなじみのパデポカン・プンチャック・シラット・タマンミニである。
公開競技として実施された2002年の第14回アジア競技大会釜山から16年。OCAの選択実施競技種目リストに採用され、2008年第1回アジアビーチゲームズ、2009年第1回アジアマーシャルアーツゲームズ、2009年第3回アジアインドアゲームズ、2016年第5回アジアビーチゲームズと実績を積んだ。そして競技シラットの発祥国インドネシアが開催国になった第18回大会の今回、初めて正式競技採用となった。とはいえ、単独競技としての実施ではなく、格闘競技の1種目としてである。格闘競技は全5種目、他にはサンボ、クラッシュ、柔術、武術太極拳が実施された。
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アジア競技大会そのものとしては、40競技に45か国から1万人を超える選手が参加した、とされる。シラット場合、16か国179名(男子112名・女子67名)である。
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東南アジア(9) : インドネシア(M7,MTGR,F3,FTGR)、ブルネイ(FTR)、ラオス(M9,MTGR,F2,FTGR)、マレーシア(M7,MTGR, F2,FTGR)、フィリピン(M3,
MTGR, F2,FT)、シンガポール(M5, MTGR, F3,FTGR)、タイ(M7,MTGR,F3,FTGR)、ベトナム(M7,MTGR,F3,FTGR)、東ティモール(M4)
中央アジア(2) :ウズベキスタン(M6,F3)、キルギスタン(M4)
南アジア(2) :インド(M1,FG)、パキスタン(M3,MT)、ネパール(M1)
西アジア(1) :イラン(M6,F3)
東アジア(1) :日本(MT)
東南アジアへの偏りはあるものの、とりあえず全アジア地域からの参加があった。
事前に配布されたスケジュールと現地監督会議で配布された日程に違いがあるという、想定内の想定外が発生した。おかげで、主に影響を受けたのは演武選手である。当初発表では26日とされていた演武部門予選が25日に変更されたのだ。
日本選手をはじめ、現地インドネシアの選手も事前配布スケジュールを元に家族を呼び寄せていたため、家族の応援を受けられなかったケースもあったようだ。(28日は当初から休息日)
| 日付 | イベント |
| 23(木) | 開会式、試合部門1回戦 |
| 24(金) | 試合部門1回戦 |
| 25(土) | 演武部門予選、試合部門準々決勝 |
| 26(日) | 試合部門準決勝 |
| 27(月) | 演武部門決勝、試合部門決勝、表彰式 |
| 29(水) | 演武部門決勝、試合部門決勝、表彰式 |
プンチャック・シラットの試合には大きく分けて、体重別の階級で打ち合う試合部門と規定の型を競う演武部門とがある。今大会では以下のクラス/型でそれぞれの技が競われている。カッコ内は参加選手数。
| 1.男子試合部門(Tanding) Bクラス - 50kg以上55kg未満 (9) Cクラス - 55kg以上60kg未満 (9) Dクラス - 60kg以上65kg未満 (13) Eクラス - 65kg以上70kg未満 (11) Fクラス - 70kg以上75kg未満 (9) Iクラス - 85kg以上90kg未満 (7) Jクラス - 90kg以上95kg未満 (9) |
2.女子試合部門(Tanding) Bクラス - 50kg以上55kg未満 (8) Cクラス - 55kg以上60kg未満 (9) Dクラス - 60kg以上65kg未満 (7) |
| 3.男子演武部門(Seni) Tunggal (ソロ) (10) Ganda (ダブルス) (7組) Regu (3人チーム) (7チーム) |
4.女子演武部門(Seni) Tunggal (ソロ) (8) Ganda (ダブルス) (7組) Regu (3人チーム) (7チーム) |
インドネシアが存分に無双を発揮した大会であった。16個の金メダルのうち14個がインドネシアの手に落ちた。インドネシアチームで金メダルを手にしなかったのは2名のみ。うち1名は試合部門で準決勝で敗れたため、銅メダルを獲得した。残り2個の金メダルは試合部門で対戦相手がマレーシアだったベトナムが持ち帰った。
種目の後の()はエントリー数。3位決定戦を行わないシラットでは勝敗に関わらずメダル獲得となる。このため、銅メダルはほぼ全選手が1勝で持ち帰っている。これは1回戦もしくは組み合わせ抽選の結果で直接準々決勝を引き当てたケースが多かったためである。なお、優勝者は平均して3勝を挙げている。
| 部門 | 種目 | 結果 |
| 男子試合 | Bクラス(9) | 1.インドネシア 2.マレーシア 3.ラオス、フィリピン |
| Cクラス(9) | 1.インドネシア 2.ベトナム 3.タイ、マレーシア | |
| Dクラス(13) | 1.インドネシア 2.ベトナム 3.ウズベキスタン、フィリピン | |
| Eクラス(11) | 1.インドネシア 2.マレーシア 3.ベトナム、キルギスタン | |
| Fクラス(9) | 1.ベトナム 2.マレーシア 3.インドネシア、キルギスタン | |
| Iクラス(7) | 1.インドネシア 2.シンガポール 3.ベトナム、マレーシア | |
| Jクラス(9) | 1.ベトナム 2.マレーシア 3.シンガポール、タイ | |
| 女子試合 | Bクラス(8) | 1.インドネシア 2.ベトナム 3.ラオス、シンガポール |
| Cクラス(9) | 1.インドネシア 2.ラオス 3.ベトナム、シンガポール | |
| Dクラス(7) | 1.インドネシア 2.ベトナム 3.タイ、イラン | |
| 男子演武 | Tunggal(10) | 1.インドネシア 2. タイ 3.フィリピン |
| Ganda(7) | 1. インドネシア 2.ベトナム 3.マレーシア | |
| Regu(7) | 1.インドネシア 2.ベトナム 3.タイ | |
| 女子演武 | Tunggal(8) | 1. インドネシア 2. シンガポール 3. フィリピン |
| Ganda(7) | 1. インドネシア 2. タイ 3.マレーシア | |
| Regu(7) | 1. インドネシア 2.ベトナム 3.タイ |
大会こぼれ話・裏話
大会こぼれ話・裏話とか。
2月のテストイベントから半年。やっと本番。日本から、たった一人ではありますがプンチャック・シラットに選手を派遣できることは大変な幸運です。選手本人が代表を担うにふさわしいと判断されるべく積み上げたものも当然ありますが、それだけでは実現していません。直接、間接に沢山の方に応援・支援していただいた結果だと思います。国交正常化60周年、開催国の国技、という後押しもあったのでしょう。そして派遣の内定が出ても、正直なところ、正式発表までは気が抜けませんでした。結団式に先立ち、支給品を受け取ったときにやっと、「ああ、本当に派遣されるのだ」と実感した次第。
結団式には開催国インドネシアの駐日全権大使閣下も臨席され、全出席者(選手だけではなく監督・コーチなども)の名前が読み上げられました。ちょっとムネアツ。
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演武衣装を着用していたからか、はたまた開催国の国技だからか、出陣式での指定座席が主将・旗手の真後ろ。おかげで各メディアの写真に写り込みが激しかった。ちなみに緑の道着は初採用・派遣仲間のクラッシュさん。同じく初採用・派遣のサンボさんはさらに後列の赤道着。
選手・監督は競技初日の2日前に選手村に入る予定ですが、cizmaはさらにそれに先立つこと2日、20日に出発です。これは明日21日から審判講習があるためです。ちなみに航空券は大会組織委員会(INASGOC)から現物=Eチケットで支給されています。そしてなぜか、帰国便は9月1日。一般的には競技最終日の翌日に帰国です。シラットの最終日は29日ですから、2日半も空きがあります。30、31日の便が満席もしくは予算オーバーだったのだろうか・・・とりあえず自己都合ではないので、滞在先と滞在費は先方責任と言われてるのが幸い。
久しぶりに羽田からガルーダ航空でジャカルタに向かいます。おかげで初!第3ターミナルinジャカルタです。大会参加にあたっての第一関門は、送迎係とスムーズに会えるかどうか。ゲート付近ではありませんでしたが、大きなADカード(関係者用IDカード)有効化センターの近くで無事に会うことができました。いい出だしです。
が、実は到着時に持っているべきADカードをcizmaは持っていません。そう、競技本部から送られてきていないのです。選手・監督は持って渡航できるのですが・・・まあ、行けばそこにあるだろう。なくてもなんとかなるだろう、とお気楽に日本を出国しました。一応、競技本部から写真では送られてきていることですし。そして、少々待たされた(ボランティアがADカードなしの対応を確認してた)ものの、アジア大会(以降AGと表記)関係者レーンを通って無事に入国できました。
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多くのボランティアのリレーを経て、外に出ます。(ゲート付近、イミグレ前、イミグレ後、荷物受取、車両待ち、と場所ごとに担当者が違う)そこには関係者用送迎車待合テントが準備されていました。エアコン付きです。残念なのは、インドネシアなのに飲食物が全くなかったこと!用意されていた、もしくは、する気配はあったので、到着時間(あるいは日にち)の問題だったのでしょう。待合室に飲み物もおやつもないインドネシアなんて、インドネシアぢゃないやい。
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そしてここでそれなりに長い時間、待たされました。いくらか手持ちのルピアがあったので、空港のファミマでおやつを手に入れ、携帯を手に時間を潰します。聞けば送迎車は空港に向かっているとのこと。飛行機の到着時間はわかっているわけですから、それに合わせてスタンバイするのが送迎ってもんじゃないのか、と思わないでもないですが。まあ、インドネシアだし。エアコン付きの専用待合場所だし。携帯充電可能で、近くにコンビニもあるし、言っても始まらないことにイラついてもエネルギーの無駄です。蚊がいるので靴下を履きなおし、待ちの一手。そして待つこと、約1時間。いや、4,50分か?ともかく、車が到着したということで指定ホテルへGO!
既に日が暮れているジャカルタですが、車窓からは沢山の幟・垂れ幕が見えました。電光掲示板にもAG応援メッセージや動画が流れており、盛り上がりを感じます。開会式前日にあった独立記念日の飾り付けもまだまだきれいで、これが一層、街を華やかに見せていました。警察の先導はありませんでしたが、大した渋滞にはまることもなく、無事、ホテルに到着。これでスムーズに部屋に入れればよかったんですけどねぇ。
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道中、審判仲間から「一人部屋じゃなくてマレーシア審判と同室だから」とWAが入ってました。そのつもりでまずはAGボランティアの受付カウンターへ。そこで判明したこと。cizmaはMR.になってた・・・この性別ミスは他にも発生していたため、部屋割りが混乱を極めていたのです。最終的に審判仲間からの情報どおり、マレーシア審判(女性)と同室に落ち着きました。部屋番号は311。ん・・・この部屋番号、受付前に立ち寄ったレストランで会った同室予定のマレーシア審判が言ってた番号となんか違う気がする。でも、うろ覚えだしな。
ともかく、荷物を持って言われた部屋に向かいます。ノックをしても誰も出てきません。反応もなし。スペアキーはまだもらえてないので、仕方なくロビーへ戻ります。今度はマスターキーを持ったボーイさんとともに入室。うーん・・・・?なんかすでに2人いる気配の部屋です。しかも、これは女性というより男性がいる部屋では・・・?ボーイさんと顔を見合わせ、「これ、男性っぽいよね?女性だと思う??」と聞いてみます。彼の答えも「え、なんか違うと思います。男性っぽいです。」チェックインしたばかりだからか、トイレも部屋も片付いているため、確信は持てません。迷いましたが、開いてたトランクの中をざっと確認。だって、この部屋だ、と思ってジルバブ取ってぼけーっとしてるところに、男性が戻ってきたら笑い話にもならないですからね。トランクの中を確認するくらいは、お互いの平和のために許容範囲です。そしてトランクの中身は男性ものでした。
再度、ロビーに戻ります。「あの部屋、男性がいるっぽいよ。cizmaの部屋番号違うんじゃない?」とカウンターに告げます。そこに顔見知りのマレーシア審判(男性)たちが外出から戻ってきました。挨拶し、部屋番号を聞いてみると、311だ、と。ああ、あのトランクの持ち主はあなたでしたか。経緯を話し、トランクを見たことを一応、謝罪。そしてcizmaが行くべき部屋は302だと判明しました。どうも302のベッドの方が311より小さめらしく、男性2名で使う以上、大きい方がよい、とマレーシア審判の中で部屋交換が行われていた様子。それを受付カウンターに申告していなかったがための喜劇でした。高層ホテルじゃなくて本当によかった。もしそうだったら、下に降りるのが億劫で大変なことになっていたかもしれません。
無事に荷ほどきを済ませ、一息つきます。明日は9時から審判講習です。
さて、今日と明日は審判に対するリフレッシュメント、つまりは講習会。採点にあたっての認識の統一や、今回初めてとなるビデオ判定、新しい採点機械に慣れる機会となります。cizmaは2月のテストイベントに参加しているので、ビデオ判定と新機械が初めてではありませんが、海外組はほぼ全員が初めてです。なにせテストイベントで海外から参加していたのは6人しかいなかったのに比べ、今回は30人います。このうち、テストイベント参加経験者は5人だけ。
午前はホテルの会議室でパワポを使っての講習です。講習に先立ち、シラットの全体統括から挨拶がありました。曰く、今大会でのシラットがAGにおけるシラットの「最初」である。これが「最後」にならないために、一丸となってシラットがいかに素晴らしい競技かを証明しなければならない。PERSILAT(世界プンチャック・シラット連盟)としては、次、さらにその次のAGでの継続採用、そしてオリンピック採用を目標にしている。そのために必要なシラットの”質”を担保する最前線が審判団だ、とのことでした。
さらに審判統括からも挨拶がありました。こちらは、AGはSEAゲームズとは全くレベルが異なり、オリンピック同様の各種手続・手順・規則が適用されている。そのため審判諸君は各国競技団体の推薦ではなくPERSILATが選抜した精鋭である。PERSILATが選抜した以上、今この瞬間から〇〇国からの審判ではなく、等しくPERSILATの審判であるとの意識でいかなければならない。シラットは多数ある実施競技の中からテレビ中継される種目として選ばれている。誇りをもってこの歴史的大会に臨もう、と言われました。
そして講習が始まりました。基本的には全員が知っている内容ですから、確認のためという意味合いが強いです。自動車免許の更新で全員がビデオ講習を受けさせられるようなものです。そして午後には準備万端(のはず)なAG会場での実地研修になります。
FBで友人たちが上げる写真で、なんとなく会場の雰囲気は伝わっていましたが、実際に見てみるとやはり違います。まず、道中の幟の多さ。さらに壁に描かれたアジア大会応援の図。公式(地区認証済み?)と思われるものから、勝手連のものまでよりどりみどり。勝手連が描いたものの中には、公式マスコットがキャラ崩壊しているのも多数ありましたが、それはご愛敬。落書き的ポップアートより、こちらの方がAG盛り上げの一翼を担っているのは確実です。そして、会場敷地には多数のインドネシア代表応援の幟。さらに、きれいにお化粧直しされ、AGの飾り付けが施された会場建屋。
中に入ってみると、これもまた気合が入っています。テストイベント時に散見された問題がすべて解決されていました。まず、床のカーペットがうねってない。以前の手狭でトイレのない審判控室はリフォームされて広めのVIP控室に。VIP控室は少しお化粧直しして審判控室になっていました。テストイベントの時、審判控室にトイレがなかったため、ちょっと遠くの建物まで用を足しに行く審判が多く、呼び出し時に不在という事態が多発していました。VIPは控室に長居しませんから、今回のAGに限っては場所を交換です。
試合会場もまた、改善されていました。テストイベントでは試合場Aと試合場Bの距離が近く、審判が歩きづらかったのです。それが改善され、並んで歩ける距離が確保されていました。また、テレビ放映に耐えうる照明も設置され、会場を明るく感じました。吹き抜け設計だった施設も密閉(?)型に変更され、エアコンの効きが上がっています。エアコンの直撃を受ける位置だと寒いくらい。試合場のマットレスにはAGのロゴが入り、観客席には椅子が設置され、本番を待つばかり。
そういえば、審判控室のトイレでネタが。元がVIP用なためか、なぜか鍵がついていませんでした。そしてウォシュレット用シャワーもないのです。がビデと立ち男性小便器はある、という状態。さらに、今現在この部屋にいるのがVIPではないためか、トイレットペーパーの用意もされていない。ないない尽くし。空のペットボトルを使ったり、お互いにドア番をしたりしたけれど、不便極まりなく・・・審判控室担当と思われる知り合いに手桶をくれ、とお願いしました。なんのために?と聞かれたので、トイレ用と答えます。するとなんと、その日のうちにシャワーがつきました!仕事はやーい。
鍵に関しては、しばらく誰も言わなかったんでしょうね。「あれ、もしかして鍵がないの?」と気づいたボランティアにより、3日目くらいにスライド式の簡易鍵が取り付けられました。審判控室のお茶出し担当ボランティアの彼ら、審判がトイレに入るたびに見張りを頼まれるので事態を把握したものと思われます。
この日は夕方に全予定を終了し、ホテルに帰投となりました。ホテルのレストランで夕飯を食べ、ロビーに出るとイエメンからの審判が到着。彼と最後に会ったのは、いつだったか。2014年かな・・・?2016年の世界大会@バリでは、PERSILATから参加要請があったにもかかわらず、国を出られず。今回もあちこち経由してやっとの到着だそうです。たまーにFBに書き込まれる内容は、最悪の人道危機が起きている国に住む人間として当然と思われるものばかり。彼が現在、どういう状況で何を思っているかはわかりません。それでもともかく、再会できたことが単純に嬉しい。いろいろ大変なこともありますが、大会に参加することの最大の楽しみは、こういった再会なのです。Silaturahmiです。
今日は”犠牲祭”の日です。イスラムの2大祭の一つ、アラブ地域ではイドゥル・フィトゥリ以上に盛り上がる、と聞いています。が、インドネシア的にはそうでもない…と思う。ラマダン明けのルバラン、イドゥル・フィトゥリは「何が何でも」早朝礼拝に参加したい気持ちが起きますが、犠牲祭のイドゥル・アドハの場合、なんか、平日だったりすると「スンナ(推奨行為で義務じゃない)」だしな、という気分になります。その証拠に目黒のインドネシア学校の人出はルバランの方が明らかに多い。とはいえ、せっかくイスラムマジョリティの場所にいるわけですから、早起きして礼拝に参加です。
5時半にロビー集合、なんやかやで結局ホテルを出たのは6時ちょっと前。ホテルから徒歩5分のタマン・ミニ・インドネシア・インダの広場で行われる礼拝に参加します。さえぎるもののない広場で礼拝開始を待つこと1時間。地味に暑かった。わりと早めに到着したので、前列に場所取りします。広場にはビニール紐が張られ、列が作りやすいようになっていました。また、待ち時間の子供たちが親にねだりそうな、お菓子やおもちゃの行商が行きかっていました。さらに、新聞売りまで。この新聞、今日の新聞ではありません。礼拝会場が屋外のため、礼拝絨毯の下に敷くための古新聞です。どこで手に入れたのか、日経新聞も売られてました。
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この近辺ではヤギや牛の屠殺はしていないようです。ただひたすらに、どこの誰が何をどれだけ寄付したか(例:〇〇区のAさんヤギ一頭)が延々と読み上げられていました。
礼拝が終わって一息つき、今日は昨日より遅い10時に講習開始です。昨日確認できなかった、新機械のお試しなどを済ませ、解散かと思いきや、審判控室に集められました。ここでシラット競技統括が、かなりの剣幕で檄を飛ばす場面となります。原因は大会前のあるメディア報道。なんというか、ピッチャー(マレーシア)からの牽制球が豪速球でランナー(インドネシア)の頭にクリティカルヒット?報道内容を事実無根と一刀両断し、もし万が一にも「不公正なジャッジ」をする審判あるいは強制する関係者がいたら、その場で即座に退場、永久追放だ、と言い切りました。言われるまでもない当然な事実の確認ではありますが、全員の前でそう宣言する場面を作りだすことが牽制球の狙いだったと思われます。
いったんホテルに戻って、昼食です。午後は基本、フリー。しかし、cizmaはテクニカル・ミーティングに潜入予定になっています。テクニカル・ミーティングとは、審判団とコーチ陣の意思疎通・認識共通化を図り、さらに組み合わせ抽選を行う場です。審判側から参加するのはKP(競技委員長)とDewan(審判委員会)といった幹部のみ。cizmaは平審判なので、本来は参加する必要はありません。が、このテクニカル・ミーティングの場でやりたいことがあるのです。それは、JOCからのお土産をPERSILATに渡すこと。控室で個人的に渡すより、他国のチームが居る場で渡すことに意味があるのです。その時間を取ってもらえるように根回しもしましたよ!
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そんな予定で潜入したテクニカル・ミーティングでしたが、参加できてよかった。オブザーバーとして来ていた韓国、中国にも会えましたし、日本チームの写真も取れました。また、前述のメディア報道が組み合わせ抽選に与えた影響も見ることができました。事前に仕組まれているかもしれない不正を憂慮し、組み合わせ抽選をコンピューターを使ったものからマニュアルに変更する動議が出されたのです。なんか、これ、いつかの世界大会でも同じ動議が出てたような。みんな、そんなにコンピューター抽選が信頼できないのか。AIによる選定より、おじさん3人集まる方が談合が起きやすいと思うんだけどな…
動議をうけ、組み合わせ抽選をITでやるか、マニュアルでやるか多数決を取ることになりました。マニュアルでやったら、時間がかかって仕方ないじゃないか!ITによる抽選システムは開催国インドネシアだけで組み上げたものではなく、公式パートナーであるTISSOTのアジア班(韓国)と一緒に作り出してるもの。ここで不正が組み込まれるとしたら、インドネシアどれだけって話です。でも意外とシラット参加国のIT不信は強かった・・・投票した16か国のうち、ITに賛成したのはフィリピン、日本、シンガポール、タイの4か国のみ。あとは棄権と反対で、結局マニュアルでの組み合わせ抽選(ドラフト抽選みたいな引き当て方式)となりました。社会におけるITの浸透具合が、賛成・反対の結果に反映されているように思えてなりません。っていうか、時間の使い方・感覚が違うのか。
抽選が始まった時点で、審判団は退場。先輩審判と二人、近くのショッピングモールに向かいます。昨日配給された審判向けスポーツウェアとスーツのズボンのお直しを注文するのです。サイズが全く合わないものを支給されているため、このまま履いては殿中の袴になってしまいます。
ショッピングモールへは徒歩で10分もかかりませんから、歩いていきます。そして、ここでAGに向けてお化粧直しされたのが敷地内・建物だけではないことを知りました。歩道がきれいになってたのです。歩きやすい!・・・しばらくは。2軒先くらいまではきれいになってたんですけどね。4軒先のモールまではお化粧直しされてませんでした。残念。
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ズボンを注文に出し、喉が渇いたということでマックに立ち寄り。のどが渇いた=マックというのはなんか変ですが、cizmaが「ドリアンフルーリー」を試したかったのです。正確にはフルーリーだけどチェンドルでした。マックのソフトクリームにドリアンクリームとチェンドルがかかってました。試したかったものが試せて、ドリアンの味もよかったので、満足です。でもインドネシアでの忘れられない味、インドネシアに行ったらまた是非試したいほどのメニューではないなぁ。
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明日はいよいよ、競技初日!
いよいよ、今日から始まります。午前はBukaGelanggangのあと各面3試合、午後は各面7試合が予定されています。BukaGelanggangは当初OpeningCeremonyと書かれていましたが、いわゆる開会式と呼べるものは全体の開会式(8月18日に実施)だけである、とお達しがあったようで、インドネシア語で”BukaGelanggang”と言い直されるようになりました。基本的にシラットの大会では、VIP挨拶、クルアーン詠唱、選手宣誓・審判宣誓、銅鑼による開会宣言、大会の安全を祈念する邪気払い、邪気を払った剣を大会運営に信託、といった一連の儀礼が必須です。いうなれば、土俵開きのようなものでしょうか。
平日朝にもかかわらず、それなりの観客数でした。会場に入り、最初はVIPエリアに案内された審判団。しばらくすると「すみません、ここじゃないです」と結構、上の方の席に移動を促されます。新しいエリアは選手席が近かったので、知り合いに挨拶ができました。そのまま見物かと思いきや、列に並ぶために会場に降りてください、と。ワタワタと降りたら、最後の最後で階段を若干踏み外し、グキっと。あちゃー・・・まあ、痛みもないしとその時はなんでもなかったんですけどね。これが後々(涙)
整列してVIP挨拶から開会宣言までを静かに見守ります。そのあと、再び指定された席に戻り、邪気払いとそれに先立つ演武を鑑賞。
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邪気払いの前に行われる演武は、開催国の気合が十分に伝わるのが一般的です。今回も例に漏れず、観客を引き付けるに十分なものでした。どうやら、UNESCOでパフォーマンスをしたMASPIが協力をしているようでした。
午前と午後の部の間は約2時間、移動・準備を考えるとホテルに居られる時間は1時間ほど。午前の部が終わったら即座にホテルに戻って昼食。一息ついたところでまたロビーに集合です。14時には試合再開のため、13時にはホテルを出るという慌ただしさが、このあと毎日続きました。
競技が始まってから稼働したことの一つは、セキュリティの強化。ADカードをシステムに読み込ませないと中に入れません。まあ、あくまで原則ですが。そんなシステムになっているとは誰も知らないので、初日はADカードを持ってきていなかった審判もそれなりに居ました。彼らが入場を拒否されることはなかったので、あくまで「原則」です。あと、手荷物のX線検査機が稼働を始めていました。まあ、これも・・・初回は一応通しましたが、その後はスルー。特に求められることもなく。VIPと審判しか通らないゲートですから、係員もうるさいことは言いません(言えません?)金属探知ゲートも設置されていましたが、あれ、ちゃんと稼働してたのかな・・?
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セキュリティの甘さを指摘する声が日本の報道にはあったようですが、インドネシアの観客個々人の危険探知アンテナは日本人より明らかに高いと思っています。日本人がスルーしてしまうような場面でも、彼らなら「なんかあいつおかしい」と取り囲み、官憲が来る前に勝手にボコって安全を確保するような気がします。なので、あれで十分じゃないのかなー。
本日の試合が全部終わった後、昨日注文に出した裾上げを取りに行きました。この道中、足首に違和感。どうもグキっとやったのが捻挫を発症していたようです。腫れてはいませんが、いやな感じです。結局、夜に同門の整体師を呼び出すことになりました。遅い時間にも関わらず駆けつけてくれて感謝です。
この日は・・・うーん、ただひたすらに試合が続いた日。これといったアクシデントもなかったような・・・
非東南アジア勢の選手は、異種競技からのコンバートだというのがわかりやすいものです。それは立ち方だったり、手の構え方だったり、足運びだったり。そんな中、イランの選手は「シラット」になってきていました。これはひとえに、インドネシアからのコーチを1か月招聘した結果でしょう。世界大会でみたイランはルールを理解しているのかどうか、若干不安な部分もありましたが、今大会ではそのような節は薄くなりました。でも相変わらずの「マーシャアッラー」大合唱。のちにイランに行ったインドネシア人コーチに聞いたところでは、私には「素晴らしい!」の大合唱で威圧的に聞こえるこのフレーズ、彼の地では「いけいけがんばれ!」なニュアンスなんだとか。そうとわかればかわいらしい掛け声ではあります。
昨日のオープニングには当然ながらVIPが臨席していました。教育スポーツ大臣を筆頭に、知事代理、インドネシアシラット協会副会長(会長代理として出席)、長老”シラットの父”エディ・ナラプラヤ氏。さすがに予選開催の平日、誰も来ないだろうと思いきや、サンディアガ・ウノ氏がさわやかに登場していました。
次期大統領選に立候補しているシラット協会プラボウォ会長の相方、副大統領候補です。しばらくVIP席で観戦した後、インドネシアチームを激励し、選手とともに声援を送る姿がモニターに映し出されました。
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開会式に代理として副会長を、本日は相方を応援に送り込んだプラボウォ会長は、多忙なのでしょう、今日までのところまだ姿が見えません。が、それは彼本人の話。会場には彼の姿を沢山見ることができました。日本語が破綻しているようですが、そうではありません。彼をプリントしたTシャツを着たインドネシア応援団が会場に居た、という話です。ちなみにこのTシャツ集団は毎日駆け付け、毎日色違いの同じデザインTシャツを着て、熱心な声援をインドネシア選手に送っていました。
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本日の予定がすべて終了すると、明日の演武、日本選手の出番=出場時間が気になります。22日のシラット監督会議で配布された資料はあくまで事前資料。前日夕方に配布される「翌日の予定」が確定情報です。これをいち早く手に入れることが、選手の心の準備(と選手村を出る時間)に関係してきます。そして入手した情報によれば、出場時間は9時半。監督会議で配布された資料より1時間早まってます。想定内の想定外。まあ、1時間だし・・・問題はただでさえ26日に来場する予定だった応援団に、日程変更に加えて「早まった」開始時間をいかに周知できるか、です。渋滞のジャカルタではたかが1時間が致命的に、出番を見逃すことにつながりかねません。選手への通達はもちろん、知る限りの関係者に連絡を回しました。
ちなみにこの時点で、どうやらオンライン上でスケジュールの更新は行われていなかったようです。これは10時半が9時半になっていなかった、というものではありません。演武予選の実施日が26日のままだった、という。つまり、ネットの公式スケジュールを見る限りにおいて、「日本選手の出番は26日」と理解されていたということになります。これの何が問題かと言えば、メディアの取材と日本選手団からのサポートが受けられないということにつながります。しまいには、選手から「明日が出場となっているが、公式な確認が取れない」と電話がある始末。どうやら選手団本部でネットの公式情報で確認が取れないことを指摘され、本当に明日で間違いがないのか不安になってしまったようです。
随時公式情報を確認しないわけにはいきませんが、さきほど配布された「翌日の予定」は、それを上書きする最新版。紙資料の配布と同時にオンラインが更新されていない事態は、インドネシア的、いや、シラット的には「だからなに」です。多分、関係者は誰もオンラインでスケジュール確認などしていないのです。配布された紙資料のスケジュールが1時間も経たないうちにSNSやメッセージアプリで出回るお国柄。わざわざ、公式情報(ホームページ)なんて確認しません。これが、オンライン更新の遅延(というか放置)につながっているのでしょう。公式情報とは関係なく、明日の9時半が日本選手の出番で確定なのです。
本日午前、演武部門男女トゥンガル(個人)の予選が行われます。演武の場合、エントリーが8人(組)以上の場合、予選となるのです。トゥンガルは常にエントリーが多い種目のため、予選があるのは想定内。ちなみに2人で行うガンダ、3人のチームで行うルグは予選なし、です。
22日のシラット監督会議における組み合わせ抽選の結果、日本選手が出場する男子トゥンガルの予選組は次のようになりました。いずれも演武順にA組 1.ベトナム 2.ラオス 3.タイ 4.マレーシア 5.日本 B組 1.インドネシア 2.シンガポール 3.東ティモール
4.フィリピン 5.パキスタンです。各組上位3名が決勝進出となります。6位入賞つまりは決勝進出を目標とする日本、予選突破を目指します。そのために1か月のインドネシア強化合宿も行ったのです。さて、その結果やいかに・・・
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結果は残念ながらA組最下位で予選突破ならず。最初に組み合わせを聞いたとき、A組の方がB組よりタフだな、と思ったのは事実です。B組はインドネシア・シンガポール・フィリピンで決まりだろう、と。フィリピンとチェンジ希望、というわけにもいかないので、A組で全力を出すしかありません。ベトナム一強で残り2枠を4人で争う展開かと思いましたが、ベトナム選手がベテランさんではなかった代わりに、タイ選手がベテランさんでした。そのため、タイ一強で残り2枠を争う展開。
演武部門は5人の審判が採点を行い、最高点と最低点を削除した3人分の採点がスコアとして記録されます。トゥンガルの場合、減点方式の技術点(100点満点)と50~60点のレンジで評価される芸術点の合計が選手の得点となります。つまり、満点は160点x3人分=480点です。
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頭ひとつ抜け出ているタイのスコア、そのあとにお団子の東南アジア勢、そして日本。うん、もう一歩。
| 技術点 | 芸術点 | 合計 | |
| タイ | 96 | 57 | 153 |
| ベトナム | 95 | 56 | 151 |
| ラオス | 95 | 55 | 150 |
| マレーシア | 94 | 56 | 150 |
| 日本 | 93 | 55 | 148 |
5人の審判による採点の平均を比べてみました。当然、ここだとあともう半歩。これが3人分積み重なって、合計点ではもう一歩、になってしまうのです。演武を見る限り、まだまだ伸びしろがあります。次はイケる。
残念な結果にはなりましたが、日本で全く普及していない競技に、さらに小さな競技団体から日本代表として派遣されるまでの道は、スムーズなものではありませんでした。そんな環境の中、見劣りしないまでにレベルを高めた選手には惜しみない拍手を送りたいと思います。競技の知名度に全く比例しない量のメディアに取り上げていただいたのも、ひとえに選手がいたからです。
会場では日本からの応援団、在留邦人の応援団、さらには合宿で仲良くなったインドネシアチームからの声援に支えられ、東南アジア勢に見劣りしない演武を披露できました。ある意味、予定外の出場日にも関わらず、本部からの応援の日の丸も会場にありました。ありがとうございます。
いやー、みんな頑張った!(選手の頑張りを確認できるメディアは「インドネシアの武術「シラット」に挑む日本人」「予選敗退も多彩な声援 日本代表 麻生大輔さん」「唯一の代表、1年半の挑戦 プンチャック・シラットの慶大・麻生 ジャカルタ・アジア大会」「伝統武術「プンチャック・シラット」でメダルを」)
と、ここまでが午前中の話。午後は試合部門の準々決勝が行われました。勝てばとりあえずメダル持ち帰りが確定する試合です。(次の準決勝で負けても銅メダル獲得のため)
土曜日ということもあり、相当な観客です。観客の声援で空気が震える、という経験を久しぶりにしました。似たような状況は昔、インドネシアで開催されたSEAゲームズで感じたことがあります。同じ会場ではありますが、あの時の吹き抜け設計とは違い閉鎖空間となった今、空気の振動を以前より強く感じられました。それでも、観客のマナーは今の方がいいと思います。少なくとも、会場に自動小銃をもった警備員が配備される状況にはなっていませんから。
大番狂わせといえるようなものは特になく・・・ああ、ここで初めてインドネシア選手が負けました。しかも、相手を流血させての失格負け。そして結果的に、この彼だけがインドネシアチームでメダルを手にできなかった唯一の選手となりました。選手引退ということにはならないでしょうから、いろいろとリベンジしてほしいものです。
本日は終日、準決勝。試合部門は全部で10クラスあるので、準決勝は全20試合です。午前10試合、午後10試合、各面5試合ずつの予定。日曜日ということもあり、会場は大入り満員でした。
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当日券は売り切れ。チケットを買いに来た友人から「売り切れで入れない!」と連絡があったのは、割と早い時間帯でした。そして、どういうチケットの売り方をしているのかわかりませんが、最終的にはナンバリングされた椅子だけではなく、階段にまで観客が座る大入り満員。立見席(っていうか階段席?)扱いで販売していたのでしょうか・・・
大入り満員のおかげで、会場の盛り上がりはすごかったです。インドネシア選手が出ている試合には、まるで地鳴りのような大声援が飛びます。昨日失格負けした選手以外、どのクラスでもインドネシア選手が勝ち上がっています。つまり、同時に始まるA面B面の試合、どちらかの面にはインドネシア選手がいるという状況です。インドネシア選手の試合を裁くレフェリーは大変ですが、いない方は全員が大変です。なにもかもがが声援にかき消され、もろもろの指示が選手になかなか届かず、試合進行の管理が難しくなります。インドネシア選手がいる試合の場合、ある程度は声援がレフェリーの指示と連動するというか、指示・指導に声援も反応するので、大声援の中でも選手になんとなく伝わるものです。しかし、参加選手のチーム以外、つまりは会場全体から空気扱いされているインドネシア選手不在の試合をしている側は、自分たちのやっていることとは無関係に会場が揺れ、盛り上がる中で集中しないといけません。採点する審判としても、結構きついものがあります。盛り上がる試合の当事者として採点するのも大変ですが、大盛り上がりの試合の横でそれをシャットアウトして採点するのは、通常以上に集中力を要求されるのです。
インドネシアは1人がマレーシアに負けただけで、準決勝進出9名のうち8名が決勝進出となりました。ファイナリスト輩出の数はインドネシアが最多。次点が6名のベトナム、その次が4名のマレーシアです。ラオスとシンガポールも1名ずつ準決勝を勝ち、決勝カードが決定しました。10名のうち6名が決勝に残ったベトナムはまあ、想定内でしょう。マレーシアは金を期待していた女子選手が初戦でベトナムに敗れてしまい、ファイナリストに女子選手なし。シンガポールは国として金メダル大本命が準決勝敗退ですが、1名が残っています。特筆すべきはラオス。昨年のSEAゲームズではファイナリストを出していませんから、躍進です。組み合わせに少々恵まれていた感はありますが(キルギスタンとシンガポールに勝利しての決勝。対するインドネシアは初戦でマレーシア、準決勝でベトナムと対戦)、立派なファイナリストです。
準決勝で敗退した国のうち、非東南アジア勢はキルギスタン(2)、ウズベキスタン(1)、イラン(1)。準決勝に選手が駒を進めたこの3か国は、メダルを持ち帰れます。試合部門に選手を派遣した他の非東南アジア勢、インド、ネパール、パキスタンは手ぶらです。「一つでもメダルを持ち帰れば、国の補助金を出す。色は問わない。」とされていたパキスタンが、一番悔しそうでした。インドは当初予定通りの大所帯チームであれば、一人くらいは準決勝まで残ったかもしれませんが、ゴタゴタで1名しか派遣できない事態になっていました。さすがに1名ではメダルを持ち帰るのは厳しいでしょう。キルギスタンに1勝を挙げただけでも御の字です(その後の準々決勝でフィリピン相手に敗退)。ネパールは同じく1名派遣で勝利なし、ですから。
そういえば、キルギスタンの銅メダル2個のうち1つは不戦敗でした。金メダル最有力、マレーシアのMr.シラット戦の予定でしたが、直前の体重測定で失格になったそうです。銅メダル確定に気が緩んで、食べ過ぎたのかな・・・?
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シラット競技も残すところ、明日と明後日の2日のみ。明日は演武部門決勝と試合部門決勝5試合です。平日なので、決勝とはいえ今日より人出が少ないかも。(と思ったcizmaは甘かった)
本日の午前は演武部門決勝、午後は試合部門の決勝です。午前に行われる演武部門は女子トゥンガル、男子ガンダ、男子ルグの3種目。いずれも日本選手の出場がありませんから、フリーです。
実は、試合部門・演武部門ともに採点に入る審判の任命には、審判の構成や大会ごとの運営方針によってパターンが3つあります。
まず、当該選手と同国出身の審判を使わないケース。試合部門ならば両コーナーの選手と同国出身の審判はレフェリー、採点審判を拝命することはなく、また、競技委員長(KP)も同国出身であれば交代します。審判の審議の場面で本部から記録を取りに来る審判委員(Dewan)もまた、同国出身者ではありません。さらに今大会で導入されたビデオ判定はKP,Dewan,レフェリーで確認し合議しますが、ここでもまた、選手と同国出身の審判はその任を負いません。演武部門ならば5人の採点審判は、出場選手のいない国の審判が努めます。例えばトゥンガルに6人出場者がいたとして、この6人の出身国であるA,B,C,D,E,F国以外の審判が審判を務めます。この場合、1か国1名とすると審判が足りないことも多いので、採点審判はG,H国出身が2名ずつ、I国出身が1名で5名、という構成になることも往々にしてあるのです。
AGの試合部門は、このパターンでレフェリー・採点審判が任命されていました。
次に、当該選手と同国の審判を組み込むケース。主に審判団の国籍にあまりバリエーションがない場合に適用される方式です。試合部門であれば、KP、Dewan、レフェリーはある程度考慮するもの、5人いる採点審判には各コーナーと同国出身審判が1名ずつ配分されます。場合によっては2名ずつ。要は選手と同国出身審判が採点審判の中に「それぞれ同数」いればよいのです。が、前述のとおりAGの試合部門はこの方式ではありませんでした。この方式を採用したのは、演武部門です。
しかし、演武部門になると採点審判枠は5、選手の数は大概においてこれを上回ります。幸い、AGの予選において男子トゥンガルは偶然にも各組5名だったため、全選手が同国審判に採点される状況でした。ただし、東ティモールは審判がいない(AGに派遣・任命されていない)ため、彼が参加したB組の採点審判5名のうち1名は、B組に選手がいない国の審判が務めました。各組4名だった女子トゥンガルの予選では、この東ティモールがいた男子予選B組と同様に、参加選手と同国審判4名+それ以外の国の審判1名という体制でした。
さて、決勝になると少なくとも6名の選手、場合によっては7名(組)が参加します。しかしながら審判枠は5しかありません。ではどうするか。参加選手の中にPERSILAT創設4か国がいれば、まずはこの国の審判が任命されます。女子トゥンガル決勝を例にとります。参加選手はシンガポール、インドネシア、フィリピン、ラオス、ベトナム、タイからの6名。この中でPERSILAT創設4か国に該当するのはシンガポールとインドネシアです。これで5枠のうち2枠が埋まります。残り3枠には残るフィリピン、ラオス、ベトナム、タイの審判の中から、本部が実績や経験から選出した3名が座ります。結局、女子トゥンガル決勝を採点したのはベトナム、フィリピン、インドネシア、シンガポール、ラオス出身の審判でした。
演武部門では、最高得点と最低得点をカットした3名分のスコア合計点が得点となります。そのため、同国審判が万が一にも贔屓をしたとしても、調整というか自浄が働きます。
演武部門にはもう一つ、審判任命の方式があります。直近の国際大会では、昨年のSEAゲームズで取られた方式だったように思います。5名のうち4名をPERSILAT創設4か国であるインドネシア、マレーシア、シンガポール、ブルネイが務め、残り1席を出場選手のいない国の審判が埋めるやり方です。AGの女子トゥンガルをこの方式で実施した場合、審判はインドネシア、マレーシア、シンガポール、ブルネイ+1名(フィリピン、ラオス、ベトナム、タイ以外)となります。
AGの演武部門で採用されているのは2番目の方式。つまり、日本選手の出場がない今日の午前は、フリー。言い方を変えれば、暇。暇なので、競技が始まって初めて、他の建屋まで足を延ばして武器類とかお土産のお買い物をしてました・・・
ちなみに午前に行われた演武部門3種目は全種目、インドネシアがぶっちぎりの優勝。午前に行われたこの3種目のメダル授与式には、エリック・トヒール大会組織委員長とスポーツ文化大臣といったVIPがプレゼンターとして訪れていました。
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午後は決勝5試合。ただ、昨日まで2面で行っていた試合が1面に統合されています。そのため、2つに班分けされた審判団は、交互に任命されることになりました。つまりは、午後も昨日より格段に暇・・・というかフリー。結局、1回採点に入っただけでした。
決勝戦5試合は、なんとびっくり、インドネシアの全勝でした。シーソーゲームもありましたし、相手の試合放棄(スコア自体はインドネシアが優勢だった)といったものもありました。それでも、全試合インドネシアの勝利。正直、予想外です。決勝戦に駒を進めたのはインドネシア8、ベトナム6、マレーシア4、シンガポールとラオスが1。試合部門の金メダルは、ベトナム3、マレーシア2、インドネシア5くらいの予想を勝手にしていました。誰が勝って誰が負ける、というよりは、国という単位で見た場合の過去の大会における戦力からの予想です。それが全取り。自国開催で国技が初の正式競技採用、というモチベーションの部分を甘く見てたとしか言いようがありません。
結果的に”全取り”となったことに、いろんな意見が出たのは事実です。最もやり玉に挙げられたのは「審判の公正性」。しかし前述したように、試合部門では選手と同じ国の審判は採点と進行に関与していません。会場の盛り上がりに圧を感じることはあるでしょう。それでも、その圧に屈する、あるいはどちらかに組することが、審判たる自分になんの益ももたらさないことは明らかです。PERSILATもまた、そのような判断を下さす審判を、AGに召集はしていません。審判の制服が「白」であるのは、中立・公正を象徴しているから。自分も含め、この服を着用する全員が間違いを犯さない聖人君子とはいいません。でも、少なくとも、この服を汚さない努力をしている、職務に真剣に取り組んでいる、ということを書いておこうと思います。
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午後の部のメダル授与式のVIPプレゼンターは、マレーシアの青年スポーツ大臣とインドネシアの国家警察庁長官。前政権の青年スポーツ大臣も若手イケメン政治家だったけど、新政権の大臣は学生かと思う若さ。どうやら20代らしい。最初、マレーシア選手団の主将が来たのかと思いました・・・なんだろう、マハティールは組閣の際、内閣の平均年齢を下げることもターゲットに入れていたのか?
今日は終日フリー。種目が多く長丁場なシラットは、大体どの大会でも最終日前日が「休息日」になっています。そして大概、開催国の審判がホストとして観光ツアーを組んでくれます。といっても、今回の行き先はGBK、つまりはAGメイン会場。みんな、公式グッズを買いたいのです。
出発まで時間があったので、一人で宿泊先隣接のTMIIを少々散策し、クルアーン美術館に入ってみました。悪くはないんだけど・・・マレーシア(KL)のイスラム美術館をすでに訪れている身としては、見劣りして仕方ない。あそことは目指す方向性が違うにしても、もう少しやる気がほしい残念施設でした。
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皆で訪れたメイン会場は驚くほどの賑やかさ。スポンサーブースコーナー、食事コーナー、オリジナルグッズコーナーに分かれた物販エリアは、人でいっぱいです。観戦しなくても遊びに来られる、一種のフェス状態。舞台での音楽だけではなく、路上(?)でインドネシア文化の実演などもしていました。あれは長時間いても飽きないです。残念なのは、公式グッズが買えなかったこと。ぬいぐるみが欲しかったのですが、まず、販売所が長蛇の列。そしてぬいぐるみは午前で売り切れた、と。また後日、朝のうちに再戦することを審判仲間と決め、この日は公式スポンサーのテントを覗くだけで終わりました。ぬいぐるみ、欲しいー
息抜きの1日が終わり、明日でいよいよ、AGシラット最終日‼
一昨日、インドネシアは8個の金メダルを獲得し、AGでの国別メダル順位をぐっと押し上げました。国として掲げた最終目標は、総合8位以内。シラットとして課せられた金メダル目標は3~4個。27日が終了した時点で総合4位、金メダルも8個、と目標を大きく上回っています。本日、インドネシアは演武部門3と試合部門3、最大6個の金メダルがかかっています。さて、どうなりますか。
それにしても、27日の金メダル総なめ効果なのか、平日、週の半ばなのに金メダルを期待して、会場は大入り満員。選手の準備エリアの一つを潰して、パブリックビューイングに急遽変更する事態になっていました。中に入れない観客にはそれでいいけれど、練習場所がなくなってしまった選手がちょっと気の毒です…
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そして集まったのは観客だけではなく。この日はびっくりするほど、VIP大集合でした。
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上から、”シラットの父”エディ・ナラプラヤ。彼は複数回、会場に足を運んでいました。彼の精力的な私財をなげうった広報活動あってこそ、AGへの道が始まったといってもいいでしょう。真ん中左、国家警察庁長官シャフルディン。彼は2回目の来場ですね。中央は言わずもがなの土ぐげふごふ、元大統領メガワティ・スカルノプトゥリ。そして左が現在のシラット界親分、世界プンチャック・シラット連盟会長で2019年の大統領選に現役の対抗馬として出馬したプラボウォ・スビアント。上と真ん中で衣装が違うのは、時間帯が違うからです。下、親分の左が現職副大統領ユスフ・カラ。右が人材開発・文化担当調整大臣プアン・マハラニ。母子観戦です。(右端に見切れてるのは、マレーシア・プンチャック・シラット協会の会長)
演武部門はインドネシアが金3個を攫いました。これで、演武部門はインドネシアの総取りです。まあ、これはある程度は予想の範疇。2011年のSEAゲームズでも起きたこと。決勝5試合のうち、先の2試合はマレーシアvsベトナム。結局、ベトナムが2試合とも制し、金2つ。メディア報道では目標3つだったはずなので、少し厳しい結果です。そしてマレーシアは、これで金メダルが消えました。政権が変わり、今まで通りにはいかない可能性が高い中、一つも金メダルを持ち帰れなかったのは相当な痛手になるのではないでしょうか。
最後の3試合はインドネシアvsベトナム三連戦。この3試合、27日ではなく29日に設定されているということは、金メダルの期待が高いということ。女子Dクラス、男子Cクラス、女子Bクラスと続きます。女子の2名はSEAゲームズのファイナリスト。トリを務める女子BクラスのWeweyWitaは、メダルがまるで取れずに壊滅しかけたSEAゲームズのインドネシアチームで唯一、試合部門の金メダルを持ち帰った選手でもあります。
結論から言えば、3試合ともインドネシアの勝利で終わりました。勝利に喜びを爆発させる選手の映像はYoutubeに転がってますので、そちらでご確認ください。(Silat Asian Games 2018 final あたりをキーワードにすると沢山見つかります。)
結局、インドネシアは試合部門で決勝に進出した8名が全員勝利。準決勝で敗退した1名は銅メダルを獲得。演武部門は6種目を全制覇。22名の選手のうち、準々決勝の流血沙汰で失格負けした1名を除いた21名がメダルを手にしたことになります。しかもこのうちの20名は金メダル。オリンピックに次ぐステータスがあるアジア大会にかけた意気込みが、”自国開催“の一点で強く他国を上回ったということだと思います。
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オリンピック採用へ向けて、という点においては、世界にインドネシア一強・最強を印象付けたこの結果は、正直あまりいい影響はもたらさないでしょう。でも、どうせオリンピックまでの道のりは遠いのです。最強の一強を倒すべく、各国が躍起になる過程で世界への普及が進むかもしれません。その先にオリンピックがある・・・かも。ないかな。なさそうだな。
ともあれ、追われる側となったインドネシア選手の大半は、次のビックゲーム(世界大会や2019年のSEAゲームズ)には出なそうです。学業中断、結婚保留、など、金メダルのために脇に追いやったものに目を向け、取り組む時期。勝ち逃げっぽいですけど、人生はシラットの試合だけで成り立っているわけではありません。
金メダリストには国から多額のボーナス、それ以外にも勤務先や所属団体からの報奨金が支給されます。そして、選手たちのコメントには「モスクを建てる」「弟妹の進学資金にする」「両親のハッジ(巡礼)資金にする」といったものが多く見られました。また、ロンボックの地震被害者救済を上げた選手も多く、AG代表チームによる救援チャリティーなども行われていたようです。自己の到達点に家族や他者を置くこの心意気を、心から尊敬します。
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長かったシラットの日程もこれで終わり。16種目のうち14種目で獲得した金メダルは、インドネシアが獲得した金メダル総数31個の約半数にあたります。どの競技・種目でも開催国の気合で大躍進をしていたようですが、シラットのそれには目を見張るものがありました。いやでもほんと、ここまでほぼ総なめだと、次のSEAゲームズなどは、それこそ逆に採用の芽が小さくなってるんじゃなかろうか心配になります。メダル競争でインドネシアを利するだけの競技と思われたら、あまりいいことにはならなそうです。だからといって八百長気味にメダルを分配するような裏取引なんかあったら、もっと目があてられませんので、AGはこれでよかったのです。
昨日ですべての競技が終わったため、全ての審判が本日チェックアウト、帰路につきます…ただしcizmaを除く。理由はわかりませんが、cizmaの元に組織委員会から届いた航空券は、9月1日が帰国日になっていました。30日の便が満席とか、予算オーバーとか、まあそんなところではないかと思っています。肝心なのは自己都合ではなく、先方が用意したチケットが1日出発だということ。このスケジュールが判明した時、インドネシア側の競技団体事務統括に宿泊について確認しました。なぜなら競技最終日翌日がチェックアウトするべきところ、さらに2泊しなければいけないからです。この時の回答は「先方が渡してきたチケットであるし、閉会式(9月2日)までは組織委員会が負担するはずだ」とのものでした。
しかし、念のため、と2,3日前にホテルにチェックアウト日を確認したところ「全員、30日チェックアウトです。それ以降の延泊は自己負担になります。」と。それは困る。っていうか、話が違う。「いや、これは組織委員会が手配したチケットで、宿泊は組織委員会負担で9月1日チェックアウトが認められるべきだ。私は一銭たりとも払わない。」と主張します。ホテルから組織委員会に確認する、ということで落ち着きました。これと並行して、事務統括に「話が違うじゃないか。困る。組織委員会負担で宿泊延長を確認してほしい。」とメッセージ。さらに審判団のLOとしてついているアシスタント(シラット関係者)に直訴。彼には、競技団体世話係としてIDをつけてる先輩審判に相談するように言われました。
相談した結果・・・・「それは仕方ないなあ。自分で払うか、うちに泊まるか?ハハハ」と、全く真剣に取り合ってくれません。さすがにキレた。年上相手に礼を失しているとは思いつつ、「はあ?組織委員会負担が当然でしょう。自己都合の1日帰国じゃないのだし、最初にチケットもらった時に確認したら、組織委員会負担だって言ったじゃないか。どうにかしてくれないと困る!」とちょっと声が荒ぶってしまいましたよ。まあ、これも「ハハ、大丈夫。」で流されましたけどね。なにが大丈夫なのか言ってみろーーー!ジャカルタなので、最悪転がり込む先はありますが、納得がいきません。せめて「確認してみる。」とか、なんか対応するふりでもしてくれればいいのに。
結局、ホテル側が組織委員会に確認した回答が「組織委員会負担で9月1日チェックアウトOK」というものでした。競技団体よりホテルの方が役に立ったよ。「ほら、大丈夫だったろ」って言われたのがイラっとしますが、ザッツ・インドネシアですね。まだまだ修行が足りませんでした。すみません。
まあそんなわけで、一人居残り、フリータイムです。午前のうちに昼の電車で帰宅する審判仲間とぬいぐるみを買いに、メイン会場リベンジ。そして、リベンジならず。
販売開始は11時らしい。到着したのは10時過ぎ、すでに長蛇の列。暑い。あまりに列が長いので、少し早めに扉が開いたようで、列がががーっと進みます。そして11時過ぎに「ぬいぐるみは売り切れです」と係員のアナウンスが入りました。並んだのに!並んでいたとき、ぬいぐるみを購入してお店から出てきたお姉さんに、何時から並んだのか聞いてみたところ、「7時よ」と。これは無理だ。明日もまだジャカルタにいるけれど、そこまでしてぬいぐるみを手に入れる根性はありません・・・もしかしたら空港で何か買える奇跡が起こることを期待します。
帰路につく審判仲間とはここで別れ、cizmaは出発前に関係者にご案内いただいた、アシックスハウスに向かいます。そして、行ってよかったアシックスハウス。ご飯をいただけました。味噌汁万歳。
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アシックスハウスで腹ごしらえをした後、最寄の競技会場をちょっと覗きました。SEAゲームズなんかは審判IDだと基本、フリーパスです。ただ、AGではそうはいかないだろうな、と思ってはいました。実際、入場可能競技場がカードには明記されていますし、入り口でカードのチップを読み取り、入場不可の場合は警告音が出ます。でも、ここはインドネシア。競技も終わってるような会場です。
ゲートのボランティアにカードを見せたところ、「入れるわよ」とチップ読み取りを促されます。警告音が鳴るだろうな、という予想どおり、ブビーとバッテン印が出ました。ボランティア曰く「おかしいわねえ、審判は普通フリーなのに。中を見たいだけなのよね?(=競技観戦に来たのではないことは伝達済)入って大丈夫だと思うわ。」 とゲートを通してくれました。読み通り、ありがとうインドネシア。
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夕方には友人とモールで待ち合わせ。その後、初インドネシア映画inインドネシアの映画館。WiroSableng観てきましたよ!この映画、日本で観られるかなあ・・・映画祭という形ではなく、一般公開を期待したいけれど、ちょっと厳しい気もします。日本で映画に”シラット”を期待する向きが好むのはやはり、腕が飛び足が明後日の方向に曲がるタイプかと思うのです。そうすると、インドネシアのテレビ番組で「家族で見られる映画を目指した」という本作は、市場ニーズと合わなそうだなぁ、と。黄金杖が一般公開されなかったことを思えば、本作もよくて映画祭かなぁ。20世紀FOXがついてるので、もしかしたらもしかするかもしれませんけれど。うーん・・
今日はボゴールで開催されているシラットの大会を観戦です。日本から応援に来ていたジュニア選手が、AGを観戦してモチベーションに火がついたようで、急遽参戦を決定したのが3日前。大会観戦は熱気が感染するのです。
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見に行ったのは、パクブミ主催第5回エディ・ナラプラヤ杯です。ジャカルタで開催された第1回に日本から初のジュニア選手を、昨年の第3回にはAGを見据えて選手を派遣した縁のある大会になります。開会挨拶で、初回大会の参加者は800名だったが、その後、順調に参加者が増え、今大会では2000名近いとの説明がありました。今大会は過去最大の2500名を超える参加申込があったが、会場のキャパと大会日程の都合上、全員は受け付けられなかったそうです。
日本選手の応援にいったものの、午後には別の場所で人と会う約束があったため、出番まで会場にいることができませんでした。大会案内では演武部門は今日の午前となっていたので見られるかと思ったのですが、実際には15時くらいになったようでした。大会案内にあったように演武部門を実施した後に試合部門を行うのではなく、小学生の部の試合部門と演武部門を行った後、中学生の部、そのあとに高校生の部、というスケジュールになっていたのです。日本選手は中学生ですから、小学生の部が終了しないと始まりません。もう1時間早く始まってくれれば見られたんですが、残念。
ボゴールから戻ったら、すでに夜。明日、やっと帰国です。
8月20日にチェックインして、本日やっとこチェックアウト。12泊もしたのか・・・そりゃ、食事に飽きるはずだわ。
飛行機は23時台、空港へは2時間前着のため、事務局が用意してくれる送迎がホテルを出るのは18時。チェックアウトは12時なので、6時間もいる場所がなくなってしまいます。ホテル側に確認したところ、手数料を払えば18時まで部屋を利用できるとのこと。これを超えると一泊分の料金が発生するそうです。手数料のお値段は、6時間も宿無し(?)になることを考えれば妥当な金額でした。自己都合の滞在延長ですから、当然、自腹で支払います。おかげでゆっくりと荷造りができます。
荷造りする前に、再度、競技会場を見に行きました。競技会場の近所に住む友人を訪ねるのが一番の目的ですが、競技が終わった会場の様子も見てみたかったのです。
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最終日から3日、思った以上に撤収が進んでいました。敷地内と会場の幟や横断幕の類は、ほぼ完全に撤収済み。会場のマットレスや備品類もすでに移動されています。
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帰り際、金メダリスト集団=インドネシアチームに会うことができました。ミーティングかなにかあったのかな。選手と写真を撮る機会がなかなか取れない審判としては、ラッキー。
さて、今回の渡航はガルーダ航空利用なので帰りもT3です。行きはあまりじっくり見ることができませんでしたが、帰りは時間が有り余ってます。搭乗まで4時間近く・・・出発フロアを端から端まで歩いて見学です。かなりいろいろな食事処とお店があったので、これはイミグレを通った後もそれなりに時間を潰せそうだな、と思ったのが間違いでした。イミグレ後の待合エリアより、外の一般エリアの方が充実してました。特に食事処。見送りの人とワイワイ食べるのが想定されてるのでしょう、出発エリアの方が選択肢が多かったです。ある意味、孤食になってしまうイミグレ後の待合エリアでは、食事が重要視されていないのかもしれません。
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あと、もしかしたら何かあるかなと少しは期待していた、AG公式グッズショップは・・・首枕屋でした。キーホルダーもあるにはありましたが、商品の9割は首枕。なんでこんなに売れ残ってるのだろう、というくらいに首枕ばかり。
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23時過ぎの飛行機、寝て起きたら約2週間ぶりの日本。
2本も映画を観た行きと違い、ただひたすらに寝て過ごした帰国便。そして、到着した羽田では有無を言わさず自動化ゲートに通されました。少しでも早く帰宅したかったため、通過後に希望者にはスタンプを押してくれるということに気づかず、勿体ないことをしました。次はちゃんともらおう。
かなりの大荷物で帰宅したのは昼頃。ほぼ2週間ぶりの自宅です。
審判として振り返れば、緊迫する場面にあまりさらされず、割とのんびりした大会だったように思います。世界大会に比べ、参加選手数が少ない=試合数が少ない=夕方には終わることに加え、演武部門の決勝にノータッチだったこと、試合部門の決勝で採点にあまり入っていないこと、レフェリーを拝命しなかったこと、が原因でしょうか。同程度な経験値の審判と比べ、仕事量が少なかったというわけではありません。試合部門決勝10試合はA班・B班で5試合ずつ。A班に配属された非東南アジア審判はcizmaともう一人、A氏の2名。決勝の採点回数はcizma2回、A氏3回。ちなみにB班に配属された非東南アジア審判は3名。B氏5回、C氏2回、D氏1回。D氏は体調不良だったこともあり、全日程を通してみても稼働率は低めでした。B氏の国からは選手の参加がありませんでしたから、演武部門の採点は拝命していません。が、試合部門の決勝以外でもB氏は採点に入った回数が他の非東南アジア審判より多かったようです。本部の育成しよう、という意思が感じられます。B氏を除けば決勝の採点には平均2回入っていることになりますので、cizmaの2回は平均値。
cizmaは前述のとおり、レフェリーを拝命することはありませんでした。勝敗を決めるのはレフェリーの試合管理よりは採点なので信頼されているのだろうと思う反面、こういったビッグゲームでレフェリーを任せるにはまだまだ足りないと判断されているのだなとも感じます。しかし、こればっかりはどうにも。気づけば審判業務も10年。でも当然ながら、東南アジアでの審判経験10年と日本での10年は違います。レベルとしては、東南アジアの2,3年目と同程度なんじゃないか、と思います。その程度のレベルでビッグゲームに呼ばれるのは、国籍のバランス(多様性)を求める本部の意向であり、純粋に審判としての技量で召集されているわけではないのでしょう。それは初めからわかっていることではありますが、いい加減、忸怩たるものはあります。全く論外の技量であれば召集すらされないでしょう。召集理由がなんであれ、経験を積めるのはありがたいことです。ただ、いつまでも初心者マークが取れない感じなのはどうしたものか・・・呼ばれるのを待つだけではなく、それなりに自分から経験値を求めて外に出ているつもりではありますが、中堅どころへのステップアップはなかなか難しいですね。地道に、と言いづけて10年、継続するほかに道はなし。