- GW弾丸ヨーロッパ -

 2012年5月5,6日にベルギーのアントワープで開催された第17回プンチャック・シラット ベルギー・オープンに参加してきました。ここ数回、単独参加が続いていましたが、今回は久しぶりに選手もいる「チーム」としての参加です。パスポートが日本旅券じゃないメンバーもいますが、国籍縛りのないオープン大会なので、問題なし。そして、昨年に引き続きかなりの強行スケジュール。パリ直行便+アントワープへの電車移動で、4泊6日・・・まるでビジネス旅行だわ。

第17回プンチャック・シラット ベルギーオープン概要
 (1)大会について
 (2)大会参加国
 (3)大会日程
 (4)競技種目
 (5)競技結果

大会こぼれ話・裏話
 5月3日(木):移動とパリ駆け足観光
 5月4日(金):アントワープへ、そして体重測定
 5月5日(土):大会初日
 5月6日(日):大会二日目
 5月7日(月):移動とパリ駆け足観光その2
 5月8日(火):帰国

第17回プンチャック・シラット ベルギー・オープン in アントワープ(5~6th May. 2012)概要

第17回プンチャック・シラット ベルギー・オープン大会 in アントワープについて

 毎年開催されている試合部門のみ=演武なしのオープン大会です。今年はベルギーでプンチャック・シラットの教室が始まって30年の記念YEARでもあります。そして、大会公式HPはコチラ。今年はcizmaが審判として、男子Hクラス、Jクラス、女子Bクラスの選手3名が参加です。

試合会場は2面、でも競技委員長は中央に1人だけという変則スタイル
会場

大会参加国 (全11ヶ国、22チーム)

 ヨーロッパ諸国(8) : フランス、オランダ、ベルギー、オーストリア、イギリス、ドイツ、スイス、ロシア
 東南アジア諸国(2) : マレーシア、ベトナム
 その他(1) :日本
 
 *国は11ヶ国だが、流派ごとにチームがあるため、参加チームは22。公式HPにあるウズベキスタンは恐らくビザが取れずに直前キャンセルで不参加。

大会日程

 日程表にはありませんが、大会前日の4日(金)に宿泊先と大会会場での体重測定=選手登録が行われました。大会運営の時間短縮のためと思われます。5日早朝に現地入りするチームは5日に体重測定となりましたが、日本チームは4日に行いました。

日付 イベント
5(土) 選手登録・組み合わせ抽選
予選&準々決勝&準決勝
6(日) 準決勝&決勝
表彰式

競技種目

 出場選手数は昨年の78名から100名越えに大幅増。うちジュニア部門の選手が4名いました。今年は秋口に世界大会があるという話なので、前哨戦な意味合いで参加者が増えたのでしょう。以下のリストはきちんとメモを取っていたわけではないので、実際とは若干違うかもしれません。ジュニアの2試合のクラスがなんだったかは忘れました・・・黄色が日本チームが参加したクラス。

 
 1.男子試合部門(Tanding)
  Bクラス - 50kg以上55kg未満
  Dクラス - 60kg以上65kg未満
  Eクラス - 65kg以上70kg未満
  Fクラス - 70kg以上75kg未満
  Gクラス - 75kg以上80kg未満
  Hクラス - 80kg以上85kg未満
  Iクラス - 85kg以上90kg未満
  Jクラス - 90kg以上95kg未満
  Open - 95kg以上
 
 2.女子試合部門(Tanding)
  Bクラス - 50kg以上55kg未満
  Cクラス - 55kg以上60kg未満
  Dクラス - 60kg以上65kg未満
  Eクラス - 65kg以上70kg未満
  Fクラス - 70kg以上75kg未満

競技結果

 最多メダル獲得国はマレーシア。これはまあ、人数多いですしね。男性MVPはベトナム選手、女性MVPはロシア選手でした。そして、UKとオランダBONGKOTは強いですね。
 日本選手の結果は・・・女子Bクラスは初戦の対オランダ・NUSANTARAを破って準決勝進出、準決勝でマレーシアに当たって敗戦するものの銅メダル。男子Hクラスは12人がエントリーした激戦区で対オランダ(流派記憶なし)に当たって敗戦しメダルならず。男子Jクラスは7人がエントリーしていて、体格の大きいヨーロッパならでは、な感じでした。初戦の相手は女子Bクラスと同じく対オランダ・NUSANTARAで勝利し、準決勝進出。準決勝で対フランス・AL-HAQに破れ、銅メダルとなりました。3人参加して2勝はなかなかの成績なのではないかと。

大会こぼれ話・裏話 & 駆け足パリ観光記

 久しぶりに単独参加じゃない旅行です。一緒に移動したBクラスのSariちゃんは初エウロパでした。

5月3日(木):移動とパリ駆け足観光

 渋滞を予想して早めに行動したら、空港に早く着きすぎた・・・道は空いていたけれど、空港はやはりそれなりに混んでる、GW後半初日の成田空港。いつもは閑散としているのに、両替・お店・ベンチどこもいっぱいでした。

乗る便もほぼ満席、乗るのに並んだ
並ぶ

 それにしてもヨーロッパは遠い・・・12時間のフライトは長い。旧ソ連邦広すぎ。1,2時間寝て、画面の地図を確認するとまだ旧ソ連邦上空、というのを何度繰り返したことか。ウラル山脈を超えるまでが本当に長かった。
 前回のANA利用でムスリムミールの定番、カレーが出され、その味がもうどうにも信じられないものでした。納品してるのはROYAL、つまりは毎年カレーフェアをやってるロイヤルホストの会社。カレーフェスでノウハウを蓄積していないのか、というお味。あまりにもあんまりだったので、今回のヨーロッパ行きでANA利用が決まった時に、生まれて初めて「ご意見はこちら」に電話しちゃいました。12時間のフライトでまた食べられないカレーでは、たまったもんじゃありません。その時のオペレーターさん曰く「いただいたご意見は検討させていただきます。現時点では5月のメニューはまだ決まっておりませんので、メニュー会議にきちんとあげさせていただきます。」だったんですよね。こう言われたら、まあ、カレーだとしても味の改善を期待するのが普通ではないかと。しかも日系企業ですからね、放置されるとは思いたくない。で、これがその結果。

デジャヴー
muslimmeal

 またカレーか。しかも、前回と一品たりとも変わってない!!! ANAとROYALはアホなの??

前回のムスリムミール
muslimmeal

 あーもう。カレーならカレーでいいから、もう少し味をどうにか。サムラートのレトルトでも出してくれた方が全然いいよ!!! 改善点は到着前の軽食がROYALじゃなかったことか。驚きのマレーチャン提供のチキンライスでした。マレーチャンが提供できるのなら、cabeさんもいけるんじゃ?というか、本当にROYALじゃなくてサムラートかシディークでお願いします。マレーチャンがOKなら、サムラートだって契約できるでしょ。

 12時間のフライトに耐え、到着したのは第一ターミナル。送迎バスをお願いしてあったのですが、到着したら電話しなければなりません。送迎バス会社からの案内文には「すぐに見つけられる公衆電話からフリーダイヤルにかけてください」とあります。公衆電話が見つかりませんが・・・仕方がないのでインドネシアのSIMをブチこんで持ってきた、お中華androidで電話しました。つながってよかったわー 正直、かなり荒っぽい運転で、長旅を経た体であと15分乗ってたら死ぬ、と思いました。幸い、ホテルの位置がルート的に一番最初で、1時間ほどで降りることができました。
 ちなみに宿泊先はピガール。送迎バスの運転手さんに「どこのエリア」と聞かれて答えたら、「え?」という顔。実は出発直前に知ったのですが、言うなれば歌舞伎町エリアだったんですね。ホテル自体はチェーンのこぎれいなもので、地下鉄も近いし、悪いものじゃなかったんですけど。確かに着いてみれば、治安云々は気にならないものの、よそ者が勝手もわからずにあまり夜ウロつく場所ではないように感じました。

 幸い、既に夏時間に突入しているためホテルに荷物を置いてからお出かけしても、日没までまだまだ時間があります。初ヨーロッパなSariちゃん、観光しないという選択肢はないのです。というか、そんな選択肢は与えませんw もっとも、長旅の後、しかも試合前、翌日は早朝から移動、ということでそんなに長い時間連れ回す気はありません。まずはピガールから地下鉄一本で行ける凱旋門を目指します。凱旋門からエッフェル塔に行ってもよし、行かなくてもよし。

3大名所その1、凱旋門
gaisenmon

 ひとしきり凱旋門の写真を撮った後、某チェーンのシャンゼリゼ店で夕飯をすませました。観光客っぽいグループしか居なかったな。あまりの分量に「残さず食べる」ことを二人とも断念しました。体の大きい人たちは胃袋も大きいのでしょう。さて、外に出たら真っ暗かと思いきや、22時ちかいというのにまだ日の名残があります。日没から30分程度しか経っていないのでは当たり前ですが、調子狂うわぁ。さすがに体が重く感じられたので、予定していたエッフェル塔に足を伸ばすことはせず、ホテルにバスで戻りました。明日は朝の電車でアントワープに移動です。

5月4日(金):アントワープへ、そして体重測定

 ユーロになる前に電車旅行をしたことがありますが、もう何年前だって話です。あのときは特急やら寝台車やらを使いましたが、今回はTHALYSに乗っちゃいます。しかも一等。早期購入だと、二等より一等の方が安かったんですよね。
 ホテルの最寄から地下鉄で駅に行けますが、トランク持って上り下りはしたくない。段差のないバスで駅に向います。バスは駅の近くの停留所に停まりましたが、同じように大きな荷物を持ってる人について行ったら駅に着きましたw

旅情満点?
nord

一等車はご飯付
bc

 一等車はご飯と無料WIFIがついてました。でも、WIFIはストレス溜まる速度だったので、結局使いませんでした。無料だけどユーザー登録が必要で、速度が出てないものだから登録画面が進まないのにイラついて止めてしまったのです。
 そういえば、THALYSの中で選手の一人と合流したのでした。もう一人とはアントワープで合流予定。二人ともヨーロッパオリジンなので、一時帰国のついでに大会参加なのです。

 アントワープのホテルは、昨年予約できなかった、一昨年と同じETAP。チェックインは12時から可能とのことで、少し時間があります。トランクだけ預けて、ちょっと散策&お茶でも、と3人で外に出ました。一昨年泊まったときには気づかなかったのですが、ホテルの目の前にモスクがありました。前からあったのか、ここ2年の間にできたのか?でも、残念ながら女性エリアがないモスクでした。とはいえ、駅近・隣にスーパー・向かいにモスク。このホテルのロケーションは完璧です。

ダイヤの町ならでは?
masjid

 チェックインの時間まで少し喫茶店(?)で時間を潰し、部屋に荷物を置いてからスーパーで買出し。今日は16時から別のホテルで体重測定があるので、それまでまだ少し時間があります。16時に駅で待ち合わせる約束をして、Sariちゃんと二人で歴史地区へ散歩に行くことにしました。歩いても行ける距離ではあるのですが、歩いてしまうと待ち合わせ時間に間に合わない感じです。インフォメーションセンターの人には「20分で着くから、歩いた方がいいわよ。トラムは景色がつまらないわよ。」と言われつつも、トラムで歴史地区に向います。

町の拠点アントワープ駅
eki

定番・絵が見たいねパトラッシュ
gereja

定番2・市庁舎
townoffice

 そろそろ待ち合わせの時間です。いや、正直、既に遅刻決定。トラムで駅前に戻った時点で16時15分くらいだったかな。でも待ち合わせ場所に二人が居なかった・・・我々が遅すぎて先に行ったか、まだ来てないか、どっちだろう? 正解は、我々が遅すぎて他の場所を探しに行った、でした。そういえば、先に行こうにも体重測定の行われるホテルをこの二人は知らなかったのです。

 男性二人は正直、体重管理に失敗しています。一人は半年前に83キロあり、そのままHクラス(80キロ以上85キロ未満)にエントリーしました。3ヶ月前に確認したときも「変更なし」ということだったから。それが、大会の1ヶ月ほど前になって、「今、92キロある」と言い出しました。え・・・6キロ以上今から落とすの?? エントリー変更しようか、と言えば「直ぐに落ちる。簡単。」というからそのままにしてたのですが、出発まで1週間ほどになって「95キロ」。増えてるじゃん!! 多分、体重を落とすための走りこみで筋肉ついちゃったんでしょうね・・・どうすんの。仕方ないので事務局に連絡し、体重に合わせたJクラス(90キロ以上95キロ未満)に変更しました。
 もう一人は、半年前に79キロということで、Gクラス(75キロ以上80キロ未満)にエントリー。2,3ヶ月前に「今、81キロある」と。まあ、大会までまだ時間があるし、2キロくらいなら落とせるでしょ、と思ったのが甘かった・・・

体重オーバー
weighing

 普通の服で体重測定したことを考えても、1キロオーバーです。さて、どうしましょうか。本人が明日の朝の再測定までに1キロ落とすというので、がんばってもらうしかないですね。
 明日の朝の体重測定までもう飲まず喰わず決定。お腹に少し入れるにしても、食事はNG。そんな彼を置いて、残り3人はUKチームと一緒においしいモロッコ料理を食べに行きましたとさ。 

食べきれずにお持ち帰り
moroccan

5月5日(土):大会初日

 今回は参加国も参加人数も多く、ホテルから会場までの移動は事務局手配のバス。ETAPには日本・ドイツ・イギリス・オランダBONGKOTが宿泊してます。BONGKOTは自力移動していましたが、それ以外はこのバスを使って会場入りです。バスはもう一ヶ所、事務局が推薦したTERMINUSホテルにも立ち寄り、そこに宿泊しているマレーシア・ベトナム・ロシアをピックアップしました。

バス移動
bus

 体重オーバーの選手は飲まず喰わずで会場に到着し、緊張の再計量。結果・・・80.4キロ。靴下脱いで帯を外して・・・80.1キロ。惜しい!! 公式には試合15分前に再計量です。今、ざっと走って0.1キロ落としたとして、試合まで飲まず喰わずはムリでしょう。仕方ありません、倍の登録料を払って、エントリークラスをGからHに変更です。Hクラスの中では最軽量になっちゃったよ。勿体無い。

 予定では、11時に開会式です。実際に開会式が始まったのは12時。なんでここまで押したのかよくわかりません。参加者も多いので、今日一日で決勝前の試合を全部やるのは無理っぽい。準決勝の一部は明日に持ち越しでしょう。

 今回はなぜか2つの試合場に対し、競技委員長が1名のみ。正確にはその補佐と合せて2名だったのですが、それでも彼らの机は試合場の中間に位置してます(冒頭写真参照)。これが・・・これが・・・言いたくないけど、私の大ポカの大きな要因でもある・・・と思う。いや、人のせいにしちゃいけないか。いけないね。

 自分のキャリアを振り返れば、2007年に審判資格を取ってから、2009年のパリオープンが初主審。このときはコーナーに入ってたコーチから「どこ見てんだ審判」と試合中に野次られた。2010年は男子軽量級の試合を主審して、試合後「なんであの審判はsapuanの時間稼ぎを注意しないんだ」とクレーム入った(相手の足に当たってればor避けられたのなら注意対象外じゃん・・・)。2011年にはジュニアの試合と女子の試合をなんとかこなした(と思う)。採点は相当数こなしてるけれど、主審は数えるほど。それでも、「できるわよ。自信持って。いつかはやらなきゃいけないし、経験を積まなければ。」と、女子中量級の試合での主審を任されました。自分としても経験値積むためにヨーロッパくんだりまで来てるし、腹はくくらなきゃ。
 試合はどちらも経験年数の長い子で、試合自体はシラットらしい、いい試合をできる選手たち。そしてだからこそ、点数が拮抗。そして、最初のラウンドで私がjatuhanを取り損ねたことが試合を決めてしまったのです。あの時、jatuhanだと思わなかったんだよね。お互いにsapuanをほぼ同タイミングでやったんだと。そして、判断を確認する為に採点審判を集めることもしなかった。でも通常、このようなミス(見落とし)が発生すると、試合を監視している競技委員長が気づいて注意してくれるものです。それが運悪く、隣の試合場で大事が発生し、競技委員長はこちらの試合場を見ていなかった(ことを後から知った)。結果、旗の数は2対1でjatuhanされた方が勝ち。旗を挙げた2人も点差は2点。jatuhanが決まると3点もらえます。つまり、jatuhanが判定されていれば、勝敗は変わっていた、ということ。当然、クレームつきますよ。採点審判は3人とも「あれはjatuhanだった」と言ってますし、cizmaが審判を呼び集めてさえいれば、ということなんですよね。凹む・・・
 競技委員長と当事者、当事者チーム関係者が話し合った結果、負けた側(本来であれば勝者)が250ユーロ払って再試合する、ということになりました。なんかもう情けないし申し訳ないし。負けた側は昨年泊めてくれた人のお嬢さんだし。なんかイロイロ泣けてきた・・・関係者全員に「cizmaのせいではない。こういうこともあるものだ。」って慰められるのもまたツライものです。

 ちなみに隣の試合場で起こっていた大事は、オランダ(Nusantara)対ベトナム戦。ベトナム選手の東南アジア随一なjatuhanがキレイに決まり、ベルギー選手が肩から落ちてそのまま頭も打ち、試合続行しようと立ち上がり、フラフラとぶっ倒れ、意識不明ですごいことになってました。NASA的毛布に包まれ、点滴と酸素マスクを装着。心電図とりながら、そのまま運ばれていきました。大会に出る人は保険に入りましょうね。
 この処置が終わるまで大会運行が中断されました。その結果、今日やる予定だった試合が何試合か明日に持ち越され、明日の終了時間が不安。

5月6日(日):大会二日目

 予定より試合数が増えてしまったので、決勝も2つの試合場を使ってやることになりました。これで大分早く進むと思います。

 再試合になった選手の親御さんは実はどちらも審判です。お母さんは国内審判で、お父さんは国際審判。どちらも再試合に至るまでの経緯に相当立腹しており、お母さんは2日目から審判服を脱いでしまいました。お父さんは一応、審判服を着て会場入りしましたが、その前のミーティングで「二人とも降りる」という話があったからか、審判・採点員のお呼びがかかりません。お呼びがかからないのは、たまたま、どの試合も彼と同郷のベルギー選手が絡んでいる試合だからだったと思うのですが、「椅子を暖めるためだけに居るのは無駄だ」と審判服を脱いでしまいました。再試合の結果、結局負けだったし。うう・・・

 心が痛む場面もありましたが、大会はそのまま進行し14時頃終了。表彰式と閉会式を経て、ヨーロッパ組はそのまま帰宅です。近いっていいですね。ベトナムチームはアムステルダムに移動していきました。あんなに大賑わいだったホテルも、3泊するのは日本チームのみ。到着した日にUKチームと賑やかに食べた夕食は、先に移動した一人を欠いた日本チーム3人での静かなものとなりました。

これでどっちも1人前
dinner

5月7日(月):移動とパリ駆け足観光その2

 朝の電車でパリに戻り、夜・・・と言ってもまだまだ日没前の20時の飛行機で帰国です。時間通りに運行されれば、パリで半日観光ができるはず。と思ったら電車が途中で止まった。寝てたからよくわからないけれど、1時間経ってもまだベルギー内。遅れすぎて、パリでは一部料金払い戻しの書類を配ってました。これ、郵送しないといけないんですよねぇ。国際郵便して取り戻すのも面倒だなぁ。でも経験値上げるのにやってみようかなぁ・・・うーん。

出発は時間通りだった
home

 9時半くらいに着く予定が結局10時過ぎのパリ着。到着駅はパリ北駅で、空港へはオペラ座からバスのつもり。同行していたチームメイトのフランス人が「オペラ座にもロッカーあるんじゃね?」というし、空港へ行くバスがある場所です、日本的感覚から行けばロッカーがある・・・はず。これが甘かった。
 北駅からオペラ座までトランク抱えてエンヤコラ。実際に抱えてくれたのはフランス人だけどw オペラ座のインフォでロッカーがないことが判明。「オペラから一本で行ける鉄道駅サン・ラザールならあるんじゃないか」と言われて、エッチラオッチラ移動。地下鉄のインフォで確認したら上の階にある、と言われてまた移動。鉄道のインフォで確認したところ「ロッカーがあるのは北駅・東駅・モンパルナス駅・オーストルリッツ駅」・・・く、サンラザールだけないのかよ!! またもや移動。今度はRERで一本。ってスタート地点に戻ってんじゃん。ロッカー求めてパリを半周してる気がする。
 X線検査を経て辿りついたロッカーは7.5ユーロ。高いよ。預けないわけには行かないけど、結局ロッカー求めて2時間くらい消費した。しかも筋トレ付。なんだかな。

 身軽になったところで気を取り直して、3大名所その2、エッフェル塔を目指します。上る気はないので、写真を取りに行くのです。地下鉄とバスを乗り継いで、着いたらものすごい人・人・人。ヨーロッパは観光シーズンが始まってるんですね。

切符買うのも上るのも長蛇の列
effel

 写真撮影の後は小腹を満たしにご飯探し。空港に行かなければ行けないので、近場で探します。どのお店も観光客っぽい人で賑わってました。ツアーの自由時間なんですかね。そして、小腹を満たしたいだけなのに、サイズが大きすぎ。皆さんペロっと平らげてますが、日本人女子には多すぎです。日本料理は特段ヘルシーな訳ではなく、出される量が適量なだけなのではないかと思う今日この頃。

ご飯代わりはわかるけどイモ多すぎ
lunch

 まだ時間があるので、水上バスに乗って移動します。というか、そのつもりでした。記憶違いでなければ、batobusには乗り放題以外のチケットがあったように思っていたのです。実際に行ってみたら1日乗り放題15ユーロか、クルーズ12ユーロの2種類でした。乗り放題を使いこなすほど残り時間はありません。12ユーロでクルーズすることにしました。これで大体の名所を河から見ることができます。
 でも、風のない屋内を選んだら日当たりよくて、食後で、船の揺れがこういい具合に・・・寝たw

 北駅まで車窓が楽しめるバスで戻り、空港まで電車で移動。市内を出た時間は予定していたより遅かったのですが、電車で渋滞知らずだったため、ちょうどいい頃合に空港に着きました。空港ではチェックインカウンターがまたすごい並んでいてうんざり。行きはネットでチェックインしていたんですけど、帰りはしていなかったのです。あれに並ぶのかと思ってゲッソリしましたが、ANAさんは親切だった。オンラインチェックイン用にPCがちょこん、と置いてあるではないですか!プリンターの電源が入ってなかったりと印刷に若干手間取りましたが、おかげで並ぶことなく荷物を預けることに成功です。

 搭乗までまだ少し時間があるので、少ししかないけれど免税店を覗き、最後のお土産を購入。ベンチで待ってる間、なぜにオモニはほぼ例外なく皆同じ髪型をしているのかについて考察・・・はしてません。考察はしてませんが、アシアナ航空に乗るお母さん世代は、申し合わせたように皆同じ髪型でした。今後、髪型でオバチャンとオモニが区別できそうです。
 ちなみに帰りの機内ムスリムミールは、納入業者がフランスの会社だったので行きとは段違いに美味でした。ROYALはもう契約更新しなくていいよ。どうせカレーならサムラートかシディーク希望。

5月8日(火):帰国

 帰りは行きより早いです。グースカ寝て、気づけばアジアエリア。

 今年で3回目のベルギーオープンへの参加。久しぶりの選手も一緒の渡航。選手が勝利を得られたのは嬉しいことです。そして、自分のミスは忘れないようにしっかり心に刻もうと思います。jatuhanが取られない、というミスはわりとあること。採点していて大会のレベルに関わらず、そういう場面にそれなりに遭遇します。でもその8割くらいは競技委員長の指摘で是正されてきました。今回は残り2割に入ってしまったのがイタイ。何事も経験とは言うものの、苦いなぁ。
 当事者・当事者関係者もjatuhanが取られないミスが起こることは知ってる。それによって勝ちを拾うこともあるし、今回のように逃すこともある。だからこそ、「ああいうことはあることだ。気にするな。」と言ってくれる。でも、それに甘えちゃいけないし、その後の運営側の対応が2日目のボイコットに繋がっていることを思えば、30周年の記念イベントにミソをつけた一因はcizmaにあります。
 凹んでばかりいても仕方ありません。信頼される審判への道のりは長く険しいのだ・・・いかんせん、経験値が足りない。こればっかりは地道に積み重ねるしかないのです。ガンバロ。