- GW三都市物語 -

 2013年5月4,5日にベルギーのアントワープで開催された第18回プンチャック・シラット ベルギー・オープンに"今年も”参加してきました。選手がいないので日本チームとしての参加ではありませんが、久しぶりに海路郎さんとの旅行です。フィンランド航空を利用してのヘルシンキでストップオーバー、アムステルダムは大会オンリーで缶詰、大会後は親戚宅のあるアムステルダムへ移動、最後にブリュッセルに一泊して帰国、というスケジュール。1週間で3都市観光、滞在は4都市、うーん、大分盛り沢山な予感。

第18回プンチャック・シラット ベルギーオープン概要
 (1)大会について
 (2)大会参加国
 (3)大会日程
 (4)競技種目
 (5)競技結果

大会こぼれ話・裏話
 5月2日(木):出発!
 5月3日(金):ヘルシンキ駆け足観光、そしてアントワープへ
 5月4日(土):大会初日
 5月5日(日):大会二日目、そして移動
 5月6日(月):アムステルダム観光その1
 5月7日(火):アムステルダム観光その2
 5月8日(水):移動とブリュッセルのハイライト
 5月9日(木):ブリュッセル早朝散歩、そして空港へ
 5月10日(金):帰国
 おまけ マレーシアのお土産

第18回プンチャック・シラット ベルギー・オープン in アントワープ(4~5th May. 2013)概要

第18回プンチャック・シラット ベルギー・オープン大会 in アントワープについて

 毎度お馴染み(?)、毎年開催されている試合部門のみ=演武なしのオープン大会です。事前情報によれば、今年の参加選手は150人以上、審判の数は8人・・・え・・・? 一つの試合場に最低4人(レフェリー1人、採点員3名)必要ですよ?2面設定するとして・・・フル稼働!? 死ねる。ちなみに、今年は大会公式HPがないようです。主催者のHPはコチラ

大会期間中、昨年急逝した審判仲間の写真が飾られていました。
トロフィー

大会参加国 (全11ヶ国、26チーム)

 ヨーロッパ諸国(7) : フランス、オランダ、ベルギー、オーストリア、イギリス、ドイツ、スイス
 東南アジア諸国(3) : マレーシア、ベトナム、インドネシア
 その他(1) :スリナム
 
 *国は11ヶ国だが、流派ごとにチームがあるため、参加チームは26。当初参加とアナウンスのあったネパールは恐らくビザが取れずに直前キャンセルで不参加。

大会日程

 日程表にはありませんが、大会前日の3日(金)に宿泊先と大会会場での体重測定=選手登録が行われました。大会運営の時間短縮のためです。

日付 イベント
4(土) 選手登録・組み合わせ抽選
予選&準々決勝&準決勝
5(日) 準決勝&決勝
表彰式

競技種目

 出場選手数は恐らく過去最多の143名。うちジュニア部門も大幅に増え、男女合わせて20名が参加しました。単純計算で初日は70試合以上、一面で35試合、1試合は平均15分程度・・・何時に終わるんでしょうか。ジュニアは同じ階級での試合が組めない場合、近い階級同士で試合を行いました。

 
 1.男子試合部門(Tanding)
  Aクラス - 45kg以上50kg未満
  Bクラス - 50kg以上55kg未満
  Cクラス - 55kg以上60kg未満
  Dクラス - 60kg以上65kg未満
  Eクラス - 65kg以上70kg未満
  Fクラス - 70kg以上75kg未満
  Gクラス - 75kg以上80kg未満
  Hクラス - 80kg以上85kg未満
  Iクラス - 85kg以上90kg未満
  Jクラス - 90kg以上95kg未満
  Open - 95kg以上
 
 2.女子試合部門(Tanding)
  Aクラス - 45kg以上50kg未満
  Bクラス - 50kg以上55kg未満
  Cクラス - 55kg以上60kg未満
  Dクラス - 60kg以上65kg未満
  Eクラス - 65kg以上70kg未満
  Fクラス - 70kg以上75kg未満
  Open - 75kg以上

競技結果

 最多金メダル獲得国はインドネシア。これはまあ、順当かな、ベトナム選手団よりインドネシアの方が多かったし。男性MVPはマレーシア選手、女性MVPはオランダ選手でした。相変わらずオランダのBONGKOTは強い。歴史と経験が選手を鍛えているんだろうなぁ。

大会こぼれ話・裏話 & 駆け足パリ観光記

 久しぶりに海路郎さんと行きも帰りも一緒の旅行です。

5月2日(木):出発!

 初めて「1000円バス」で成田に行くことにしました。東京駅だと乗り場が遠いのですが、銀座から乗れば地下道からエレベーターで上がれる位置にバス停があることが決め手になりました。あと、一人で出かけるのと違い、海路郎さんと二人だから何事にも「倍」お金がかかるのです・・・節約節約。

なにこのキャッチフレーズ…
成田バス

 GWの成田はそれなりに混んでました。最近はターミナル1を利用することが多かったので、今回利用するターミナル2が新鮮です。中の免税とか、大分雰囲気変わったんですね。最後の買物エリアなので、「日本が売りたいもの」とか「日本で人気のあるもの」が一堂に会していて面白いです。それにしても、免税エリアでウォシュレットを売っているのには驚きです。買う人、いるんでしょうか。昔、駐在で滞日していた友人が本帰国する際に購入していましたが、免税エリアで買わなくてもねえ・・・あと目を引いたのは「日本銘菓」の類。ムスリムを筆頭にエブリバディウェルカム、マジで観光客来て来て!!な今の日本。観光時の礼拝場所準備、ホテルのキブラ表示、ハラールプレートの提供などもいいけれど、こういうお土産の成分が日本語オンリーなのは不親切じゃないかなぁ。日本のお菓子は意外なところに意外な豚由来が入ってるから、せめて空港で売る分だけでも何か表示をしたらいいんじゃないかと思いました。

ひよこはおいしかわいい
銘菓コーナー

 さて、今回利用する航空会社はフィンランド航空です。探した中での最安値はエミレーツでしたが、到着時刻やストップオーバーの楽しさなどを総合的に検討し、最終的に「最短時間で行ける欧州」が売りのフィンランド航空にしました。フィンランドにストップオーバーしてヘルシンキ観光をするにしても、も最終目的地であるベルギー・オランダと共にシェンゲン加盟国なので、海路郎さんのビザも問題ありません。ヘルシンキまでは10時間かからないので、機内で飽きることもないでしょう。

ムスリムミール、メインはカレー(想定内)
ムスリムミール

 実は出発前日から体調不良でした。恐らく疲労と季節の変わり目が原因・・・おかげで機内で何度トイレに立ったことか(涙) 客室乗務員の方が気づいて、温かいお茶を入れてくれました。LCCに乗っていたら、こういう対応はなかったはず。ありがとうございます。次にヨーロッパ行くときは、値段と相談して(<ここは譲れない)またフィンランド航空を使いたいと思います!

 旅行前は日没前に少し観光をしたいと思っていたヘルシンキですが、ここで無理をして明後日からの大会で使い物にならなかったら、遠路はるばるやってきた意味がありません。チェックインして、夕ご飯をフードコートで食べた後、まだ明るいうちに(とは言え既に21時過ぎ)寝てしまいました。あ、夕ご飯は2年前と同じくFORUM地下のHABIBIで取りました。ヨーロッパはベジタリアンの認知度も高く、また、トルコ&アラブ系移民も多いため、食に困ることはないのが楽。

5月3日(金):ヘルシンキ駆け足観光、そしてアントワープへ

 cizmaは2011年に続き、2度目のヘルシンキ。その時に主だった観光ポイントは見ています。でも、今回は初ヘルシンキの海路郎さんがいるので、彼に合わせて再びほぼ同じルート。残念だったのは港の屋内マーケットが改装中で入れなかったこと!! もう一度ゆっくり見たい場所だったのに・・・

前回は入らなかった大聖堂の内部
大聖堂の中

ミスランディアが見守る(チガウ)ロシア正教会内部。
ウスペンスキー内部

 屋内マーケットが閉鎖中だったのは残念ですが、テナント(?)は外で元気に営業中でした。それとも前回より遅めの時間に港に着いたので、テントが多かっただけかしら。お土産屋さんから青果、レストランまで、いろいろありました。天気もよく、思っていたほど寒くもなかったのがよかった。

サーモンが巨大だ…
サーモン

写真だけ撮って買ってないんです、ごめんなさい。
お土産

 一通り主要な観光スポットを巡り、12時にホテルをチェックアウト。来たときは路線バスで市内に出ましたが、今日は時間短縮のため、駅から空港直行バスを利用します。これはまた、前回のcizmaが取ったルートでもあります。

 ブリュッセルまでは2時間半の道のりで、時差も1時間。ブリュッセル空港の中を延々と歩き、トランクを引き取った後は、アントワープへ移動です。アントワープへはブリュッセル空港から直行バスが出ていて便利。始発から終点まで乗るだけだから、目的地で降り損ねる心配もないわけです。一度使ったことのあるバスですし、アントワープに行くのも今回で4回目。降車場所が変更になっていたとしても、ホテルまでの道に迷うこともないでしょう。事実、迷うことなく着きました。
 オランダのBongkotチーム、インドネシアチーム、UKチームが同宿でした。挨拶を済ませ、部屋にチェックインしたところ、まさかの煙草臭。このホテルは全室禁煙のはずなのに、灰皿まであるじゃないの・・・うーん、これはきつい。ロビーに戻り、部屋を変えてもらいました。移れる部屋(空き)があってよかった。それにしても誰だ、ご丁寧に灰皿まで持ちこんで禁煙ホテルで煙草吸ったヤツは。ヨーロッパは日本より全くもって喫煙天国ですが、「禁煙エリアでは吸わない」ルールくらいは守ろうよー

 夕飯は昨年UKチームと一緒に行ったモロッコ料理にしました。ハラールとかそういう問題ではなく、海路郎さんが「ご飯粒」がないと生きていけないので、付け合せがイモかパンのヨーロッパ系レストランには入れないのですw 
 3年前にヨーロッパを訪れたときはサトウのご飯を持参しましたが(重かった・・・)、残念ながらお湯が手に入らず、また、電子レンジもなかったために食べられず、日に日に痩せ細って・・・いや、それは大げさですが、日に日に弱っていった海路郎さん。その反省を活かし、今回は水でも戻るアルファ米と缶詰、テンペを持参しています。とはいえ、これは非常食。お米っぽいものを食べられる場所がわかっているのに、あえてホテルで味気なくアルファ米を食べなくてもいいじゃない、という話。

 明日は8時15分にお迎えが来る、と出発前にメールをもらっています。長い一日になりそうなので、今日も早寝です。

5月4日(土):大会初日

8時15分に合わせてロビーに下りました・・・が、送迎らしき人は見当たらず。オランダチームが「(自分たちの車に乗って)一緒に行くか?」と声をかけてくれましたが、送迎の人と入れ違っては申し訳ないので、お断りしました。その後、イギリスチームから「8時過ぎにインドネシアチームを乗せてバスはもう出た」と聞かされます。あちゃ、置いてかれちゃった??? まあ、居ないことに気づけば迎えに来てくれるでしょ、と暢気にかまえていたら、8時半過ぎにお迎えが来ました。元からこの車が送迎予定だったのか、急遽cizmaの滞在先を経由してくれたのかはわかりませんが、おかげで会場への集合時間である9時には間に合いました。

試合場2面に審判8名…無理
お土産

 会場に着いてすぐ、審判だけ集まってミーティングとなりました。議題は「審判員のマンパワー不足について」。最低でも一つの試合に4名の審判が必要です(レフェリー1名、採点員3名)。それが今大会に審判参加登録しているのは8名。いつもは「事前登録せず」にやってくるマレーシアが審判資格者を帯同していません。インドネシアも同様。かろうじて、ベトナムチームに1名、審判資格者がいました。彼女に協力を要請したところで9名にしかなりません。どう考えてもフル稼働。しかも登録選手は140名以上、初日の今日、最低でも1面で35試合はこなさないと終わりません。物理的に時間が足りないんじゃないの・・・トイレ休憩もできないんじゃないの・・・?死ねる。マジ。どうしてこうなった・・・
 原因の一つは前述のとおり東南アジア勢がいつも帯同している審判を、今回はつれてこなかったこと。もう一つは、ヨーロッパ審判のベテランが昨年のベルギーオープンの後に急逝してしまったこと。さらにいえば、3月に開催されたヨーロッパ選手権直前に審判資格を取得した(らしい)某国審判の参加登録を経験不足を理由に却下したこと。そして、経験豊富なヨーロッパ審判のみを参加させ、人数の不足を東南アジア審判で補うつもりのところに、彼らが来なかった(原因その一に戻る)。

 というわけで、フル稼働もいいところ。試合数も多く、休憩時間も切りつめ切りつめ、審判の入退場もなし。採点員は座りっぱなし、たまに席を交換する、あるいはレフェリーに立つという有様。それでも前半はまだ9人体制でなんとかなっていたのですが、前日にベトナムから長距離移動してきたばかりのベトナム審判が体調不良を訴え、午後はリタイア。審判登録をしていたわけではなく、こちら(運営側)から協力要請を受けての「厚意の審判参加」なので、強くは言えません。明日の決勝に向けて休んでもらう方が得策ですし。これで8人体制かと思いきや、審判のうちの一名は新米ママさん。会場に9ヶ月の赤ちゃんを連れてきています。そうです、昼食休憩で赤ちゃんが授乳タイムに突入してしまい、お母さんを放してくれません。結果、彼女が会場に戻ってくるのが遅れています。当然、審判7名では2面の会場を回せませんから、片面づつ交互に試合をするという事態になってしまいました。おっつけママさん審判が戻ってきたので、再び2面で試合をできるようにはなりましたが、こんな綱渡りはもうやりたくないです(苦笑) 帰りのバスではインドネシアチーム関係者に「なんだこの審判数の少なさは。気の毒なまでにフル稼働じゃないか。tidak manusiawi(人間扱いされてない)だ。」って言われてしまいました。ハハ・・

 それはさておき、フル稼働ということは、諸々経験不足な上に昨年の失態も覚めやらぬcizmaもレフェリーをやらざるをえない、ということです。いや、審判の経験値を上げに来てるわけですから、レフェリーやりたくないってわけじゃないんですが、昨年の失態が頭から抜けない。世界大会でもイマイチどころかイマニイマサン(こんな日本語ありません)な状態を晒しています。でも、恥はかいてナンボ、度胸は場数を踏んでつけるもの、ヨーロッパでは謙虚は美徳ではないはず、チャンスは自分で掴みにいかねば!! と自分を励まし、去年を知ってる審判にも激励され、なんとかかんとか数試合を担当しました。大失態はしなかった、と思う。
 ちょっと悔やまれるのはジュニアの試合でレフェリーストップをかけなかったことでしょうか。明らかに力のバランスが悪く、1ラウンド目でそれは見て取れました。とはいえまだ1ラウンド、負けそうな子もまだやる気があるようですし、やられっぷりもそう危険なようには見えませんでした。採点員に入っていたベテランにも相談しましたが、「まだ1ラウンド目だし」ということで2ラウンド目を開始。結局、1ラウンド以上に力の差が出てきました。がしかし、ころころ転がされている割には、きちんと受身が取れていて怪我をするようには見えませんでしたし、相手に向っていく姿勢があります。ジュニアはなかなか試合をするチャンスもないでしょうから、経験を積むためにはこういうの大差の試合もありかな、とベテラン審判とも相談の上で3ラウンド目もやることにしました。大差が明らかでも相手に向っていく姿勢が見えていた彼ですが、なにかの拍子に腕を痛めてしまったようです。この時点で選手本人からギブの申し出がありました。うーん、2ラウンド目でやめておけば怪我しなかったかなぁ。あれだけ転がされても相手に向っていくファイトがあったから、止めなかったんだけど・・・捻挫程度の怪我に見えたので(骨はやってないと思う)、まあこれも経験ってことになるのかしら。ちょっと悩む。
 実はこのジュニアの試合の前に大人の試合でcizmaがレフェリーストップをかけたのがあります。こちらは途中で負けている側が反撃の姿勢を見せられずに逃げ回り始め、このままでは危険だ、と判断したのです。力の差だけで試合を止めるのは簡単だけど、やる気があるのに試合を止めてしまっては、大会に参加した意味が半減してしまう。かといって選手が怪我をしてしまっては意味がない。うーん・・・

 そんなこんなで1面で35試合程度、2面で70試合をこなし、今日の一日は22時に終了しました。明日は準決勝と決勝で・・・何時に終わるのかな。あまり遅くならないといいんだけど。

5月5日(日):大会二日目、そして移動

 今日も朝からフル稼働。ちゃっちゃと進行させたおかげで、終了見込み時間が大幅に早まりました。当初は16時頃に最後の試合と思われていましたが、昼食休憩を後回しにしたおかげで14時には全試合終了。1時間の遅い昼食休憩を取り、15時から表彰式、16時過ぎには解散となりました。

ヨーロッパ選手権王者の面目躍如
表彰台

 フル稼働していたため、個々の試合内容はあまり記憶に残っていません。表彰式を見る限りでは、オランダ不在で開催されたヨーロッパ選手権の王者はそれなりに面目を保ったように思われます。特にUKの男子Bクラス選手はマレーシアの州代表にはまぐれではなく勝てるようになっています。決勝はインドネシア選手を相手に1本旗を勝ち取るまでになりました。寒い土地であまり本領を発揮できていない東南アジア勢を相手にしているとはいえ、彼が強いのは事実です。次の世界大会ではメダルを獲得できるといいな、と思います。って次の世界大会はいつなんだろう・・・?

 表彰式と写真撮影大会の後、アムステルダムに戻るオランダのPDチーム関係者の車に同乗させてもらっての楽チン移動です。運転してくれたオランダ人が「ベルギーは道が悪い」「あ、オランダに入ったぞ。表示が変わったし、なによりも道がよくなったのがその証拠だ」と言っていたのが印象的でした。確かに、ベルギーは全体的にボロっとしてるというか、くたびれていたような感じではあります。(最終日の地下鉄利用で更にその印象を強めました。)

 アムステルダム市内はアヤックスの優勝祝賀会(要は街に繰り出しての大騒ぎ)の事前準備で、警察車両出動中、あっちこっちで通行止めという有様。それでもカーナビと地元民である運転者のおかげで、無事に迷うことなく親戚宅に到着しました。挨拶して、お土産渡して、ご飯(インドネシア料理)をいただいたら、もう目を開けていられません。フル稼働2日分の疲労がどっと押し寄せ、またもや明るいうち(といえ21時過ぎ)に寝てしまいました。

5月6日(月):アムステルダム観光その1

 ゆっくり休んだおかげでスッキリ! 朝食をいただきながら、海路郎さんは叔母さん叔父さんと話が尽きません。でも折角ここまで来たのだから、少しは観光しましょうよぅ。 前回行かれなかった「熱帯博物館」に行きたいし、乗れなかった「運河クルーズ」に乗りたいよー、と念を送ったら、海路郎さんではなく叔父さんに届きました。「天気もいいし、今日はどこに行くんだい?」
 目当ての熱帯博物館は月曜の開館時間が遅いということで、まずは近所の「月曜市」を見てきたら、と勧められました。なんていうか・・・新品中古品まぜこぜで、こんなものまで中古で買うのか!!みたいな。海路郎さんのオランダ人のイメージは「ケチ」だけど、なんかそんな感じ。よく言えば物持ちがいい、エコでリサイクルリユースってことだけどね。

市場で使うお金はATMで降ろしましょう
ATM

 月曜市と家の周りを一巡りして戻ったら、熱帯博物館に行く前に見せたいところがある、と叔母さんが車に乗せてくれました。どこかと言えばKNSM島です。別にオランダ現代建築を見せたいわけではありません。行政が(多分)ノスタルジックにつけた地名が気に入らないようです。曰く「オランダはまだインドネシアを自分たちのものだと思ってる」とお怒りでした。 地図で見ればわかるとおり、このエリアはジャワだのスマトラだの、インドネシアに因んだ名前を通りにつけています。叔母さんは「インドネシア人(系)はオランダでアフリカ系のようなヨソ者ではないけれど、かといって同等の身内ではなく、(独立)以前同様の"格下"なんだ。自転車のことなんてbaboe(女中さん?)って呼んでるんだから。」とも。縁あってオランダに学び、その地で反骨のインドネシア人ジャーナリストと家庭を築き、子供を育て、いろいろとあったんだろうな・・・愛憎入り混じり複雑な感じです。Baboeはあれかな、日本では既に差別的だし死語になりつつある"バカチョンカメラ"的響きを感じるのかも。

あっちに行くとジャワ
ジャワ

 熱帯博物館はかなり見応えがありました。展示の仕方が見やすいし、わかりやすい。「この争いのため、スペインは南米で集めた金銀を全て使い果たした」とか率直にも程があるでしょw ざっくりとスリナム成立の流れも学べたし、12ユーロ分の価値はあったと思います。一番印象に残ったのは、オランダの三点貿易に関する展示。アフリカから奴隷を仕入れて、南米に持っていって(連れて行って、ではない)、プランテーションの上がりを本国に持ち帰り・・・この奴隷交易部分が視覚的できつかったな。何人乗せて何人運搬中に死亡し、仕入れ値がいくらで売り値がいくらで、という記述が、船倉を再現したところに書いてあるんですが・・・人が貨物であることに戦慄するし、途中で死亡した奴隷が多ければ(当然とはいえ)売り値も跳ね上がっている。本当にこれは「人」じゃなくて「商品」だったんだな、って実感します。あーなんか、無理。

3人乗せるのか、パパもママもすごいな!
自転車

 さて次はどうしよう?フラフラと歩き始めたら地下鉄の入り口を発見。折角だから乗りましょう。 あら、最安値の切符が2.8ユーロですか・・・お高いです。1時間公共交通機関乗り放題とはいえ。とはいえ。往復だと思えば日本と大差ないけど、片道だと思うと・・・うーん。ま、でもいいか。中央駅まで2つ乗り、中央駅前でパチリ。前に来たときはなにやら改修中で駅前がゴチャゴチャしてたんですよね。

駅前広場
駅前

 まだチケットが使えるので、徒歩でも行ける駅前観光スポット、ダム広場にトラムで移動します。それにしても駅前も街中も観光客だらけ。GW中の日本人はわかるけれど、横文字言語な人たちは何休みなんだろう?

ダム広場の辺りは人だらけ
駅前

青空に吼えるレオ
レオ

 喫茶店で一休みしたら、チケットの使用可能時間が終わってしまいました。叔母さんの家まで歩いて戻ることにします。途中、「サラームアライクム」と2度ほど声をかけられました。過去、滅多に声を掛けられたことはないんですけど、今回は何回か挨拶されました。そういうトレンドになってきたんでしょうか?
 途中、花が沢山手向けられている場所があり、近づいたらホモモニュメントと書いてありました。それはいいんですが、モニュメント近くに公衆トイレがあるのはどうにかならないんでしょうか・・・そしてこの手のものはボーンムスリムに説明するのが大変に面倒です。大概、理解を得られずに疲労感のみが残ることになります。むー・・・

何を売るキオスクなんだ??
キオスク

アンネの家は相変わらず長蛇の列
アンネ

 アンネの家の前からクルーズが出ているのを発見しました。中央駅近辺でチケットを買うものだと思っていたので、これは嬉しい発見です。しかも、最安値コースの1時間13ユーロバージョンの船が発着しています。NEMOの方を回る赤コースの最終便に乗ることができました。これで、「できればみたい」と思っていたVOCのレプリカ帆船も見ることができます。

VOCのレプリカ帆船
帆船

陽気がよく、ボート遊びする人も多かった
運河

 平らな街なので道をテクテク歩いて観光するのも苦にならないけれど、船に乗るとまた違った景色が見えます。視点が少し下がるからでしょうか。
 ヘルシンキの港で見かけた現代の洋上ホテルでもある「客船」と比べると、VOCのレプリカ船は非常に小さく、この程度の木造船でインドネシアどころか日本まで行ったのかと思うと、船乗りというのは正に専門職だなぁ、なんて。でも鄭和さんの船はもしかしたらもっと小さかったのかな?飛行機の時代の今、先達と同じように船で世界を駆け巡る知識は、まだどこかに継承されているのでしょうか。
 クルーズを終え、終点であり出発点でもあったアンネの家前で下船。まだまだ明るい20時前に帰宅しました。アムステルダムでやりたかったことは今日一日で消化してしまったので、明日は叔母さんたちにお任せです。

5月7日(火):アムステルダム観光その2

 今日は叔父叔母夫婦とその大学生の娘さんと5人でお出かけです。観光ルートというよりは、叔父叔母が見せたいものを巡るコース。

自転車自転車見渡す限りの自転車
自転車

無料の渡し船(フェリー?)で対岸へ
渡し舟

 対岸に渡ると変わった建築物がありました。映画館かな? 調べたら、映像博物館、とあります。どうも叔父さんが来てみたい&見せたい建築物だったようで、建物の写真をバチバチ撮ってました。確かに目立つし、青空に映える建物です。
 気づけばそろそろお昼時。叔母さんが「soto surinamを食べたことはあるか?」と聞いてきます。もちろん食べたことはありません。大体、スリナム料理店が日本にあるのかどうかも知りません。日本に居る南米出身者はブラジル・ペルーなどの日系移民が多い地域の方々でしょうから、スリナム料理店はなさそうです。どんな料理なんでしょう。

 着いた先は「Warung Sranang Makmur」って、え、インドネシア語?? そういえばエスニック料理と思われるレストランの看板には「Javaans Surinaams Indisch Eethuis」って見かけることが多かったな。スリナムを構成する多民族状態を表しているのかも。cizmaたちが案内されたのは、バタック人がバリ人の彼女と開店し、別れた後、スリナム人と結婚して経営している「ジャワ系スリナム料理店」。お勧めはsoto surinamだそうです。出てきたのはなんていうか、普通にsoto ayam。おいしかったんですけど、スリナム料理の奥深さには触れられずに終わったような・・・そもそもスリナム料理ってあるのかどうか疑問に思えてきました。でも、デザートがスリナム独特のカルフォルニアロール的な発展を遂げていました。pisang gorengにピーナツソースは、ちょっとないわぁ。慣れればおいしいのかしら。

soto surinam小サイズ。奥の黄色いのは激辛サンバル
soto surinam

singkong gorengのピリ辛ツナまぶし&pisang gorengのガドガドソース付
デザート

 レストランがあるエリアは一般的な住宅地で、いわゆる背の高い木靴の似合う人たちではないグループが多く住んでいるようです。駐車した路地から見えた幼稚園の先生(と思われる)はヒジャーブをしていましたし、公園で娘さんと遊んでいたパパはシャルワルを着てました。そんなエリアだからか、「電話屋」さんがあるのも納得です。電話を売ってるお店ではなく、携帯が爆発的に普及する前にはインドネシアにもゴロゴロあった公衆電話屋「wartel」です。BlackBerryに現地SIMを入れられるようになってから、cizmaはインドネシアでwartelもwarnetも使わなくなりましたが、まだまだ需要はあるんですね。

よくかけられる先がわかります
wartel

 お腹が満たされて向った先は、正式名称は聞きそびれましたが、ちょっと郊外の庭付き小屋区画。住宅事情が逼迫しているアムステルダム市内では、住民は基本的に集合住宅に住んでいます。つまり、庭いじりなんてできません。せいぜいがベランダで鉢植えを愛でるくらい。しかし、緑を満喫したいからといって、農業をやるライフスタイルにチェンジする、というわけにもいかない人々が集まる区画だそうです。条件は「住んではいけない」。行政が運営する家庭菜園が巨大化した感じでしょうか。権利取得希望者は多く、常に空き待ちの人気物件とのこと。しかも相当お高いです。新車1台分じゃ足りないくらいの金額が貼り出されていました。

週末だけ田舎暮らし気分
庭付き小屋

最高速度が制限された高齢者向け二人乗り乗用車(らしい)
軽自動車

もう30年は経つようです
モスク

 この後「アヤックススタジアム」「昔ながらの街並み」「モスク」を回って家に戻りました。

5月8日(水):移動とブリュッセルのハイライト

 長いようで短いヨーロッパ滞在もあと少し、明日の昼には飛行機に乗るため実質的には本日が最終日。飛行機はブリュッセルから発つので、今日のうちにアムステルダムを離れます。明日の朝に移動してもいいのですが時間に余裕が欲しいのと、折角だからブリュッセルの町を見たいのです。
 アムステルダムからブリュッセルへは新幹線的なタリーズを利用。ブリュッセルの宿は短時間でめいっぱい観光がしやすいように中央駅近くに予約しました。でも、タリーズが停まったのは南駅。北駅と中央駅をすっ飛ばすとは思わなかった・・・リサーチ不足を嘆いても仕方ないので、地下鉄・バス・トラムの路線図を手に入れ、にらめっこした末に1日乗車券を購入し、ちょっと大回りの地下鉄利用で中央駅まで移動します。電車でも行けたはずですが、どれ電車がどこの駅に停まるのかわからなかったので、確実な方法を選択しました。階段の上り下りがちょっと大変だったけど。
 宿に荷物を置き、身軽になってからブリュッセルの有名どころを一回りです。

 ブリュッセルというか、ベルギーといえばチョコレート。カカオが取れないベルギーでチョコレート。ちょっと考えるとブルーになりますが、そこは無理やり目を瞑り、まずは本場で「ショコラドリンク体験」です。・・・甘いよ。甘い飲み物にチョコレートを一粒つけるってどういうこと。日本のお汁粉には漬物が付くよ。おせんべい食べたいーーー ってなりました。歯が溶けます。いや、美味しかったんですけどね、量が多すぎです(苦笑)
 次の目的地はグランドモスク。着く頃にはズフルのはず。雨が降る中、街の建物を鑑賞しつつ、トラムと地下鉄を乗り継いで、街外れを目指します。

アールヌーボーらしい
アールヌーボー

 高架わきに立っていたアムステルダムのモスクとは違い、ブリュッセルのモスクは閑静な公園の一角にありました。ロケーションとしてはパリのモスクに似たものを感じます。中は地下1階地上3階建ての立派なものでした。円形の建物で中央には3階がいわゆるモスク、2階がセミナー室、1階には礼拝室を配置。それを囲むように小教室がいくつも並んでいる、という構造です。cizmaが着いたときはちょうど子供たちのお教室が開催されていたようで、子供やお母さんたちが沢山居ました。なんのクラスかはわかりませんが、見た目と耳に入ってくる言葉から察するに、その場に居たのはアラブ系が多い感じでした。

広くてきれいな内部
モスク2

 モスクを出て、公園を散策。一日乗車券をフル活用すべく、路線バスで外を見ながら最高裁判所方面へ。最高裁判所には高台を見下ろせるエレベーターがある、と以前に紀行番組で紹介していたのです。

金のドームが最高裁判所
エレベーター

 ブリュッセル滞在で結局一番重宝したのは路線図でした。路線図とにらめっこし、最高裁判所方面から小便小僧方面へ向います。着いてみたら、小便小僧前はカオス。狭い路地裏にどっと観光客が押し寄せ(自分もその一人)、個人客と団体客とツアーガイドと店の呼び込みと土産物屋が入り乱れ、大変な騒ぎでした。

近づく気が失せる人混み
小便小僧

ショコラティエ"小便小僧"
ショコラティエ

 ベルギーと言えばチョコ…とそしてワッフルです。そんなイメージは世界共通、というか、ここに来る観光客に共通するものらしく、小便小僧像前には2ヶ所の観光客向けワッフル屋がありました。売り文句は1ユーロ。周囲を見るとなにやら盛りだくさんに生クリームなどを載せていますが、あれは追加料金かかりそうだなぁ。大体、数時間前に飲んだショコラの甘さがまだ口に残っていて、あんなに全部載せなワッフルは食べられません・・・

 小便小僧前のカオスを抜け出し、近くの世界遺産「グラン・プラス」を観光。こちらも観光客だらけ。そして自分もその一人w それにしてもキンキラしててすごいなぁ。18世紀の遺産に21世紀の観光客がお金を落としていくなんて、建築主は思いもしなかっただろう。
 近くにはアールヌーボーなギャルリーもありました。こちらもなかなか趣のある佇まいです。雨混じりの天気のためか、既にお店の多くが閉まっている時間にも関わらず、人出も多かったですね。

高級ショッピングアーケード
ギャルリ

 明日の空港行き電車の時刻表を駅で確認し、ホテルに立ち寄った後、夕食を調達しに出かけます。一通りホテル周辺を見比べた結果、ベルギー名物のムール貝ではなくアラブ料理に決定。アラブ料理っていうか、モロッコかな?アントワープでもモロッコ料理だったけど、美味しいから気にしない、気にしない。

芋の山、完食しました。
夕飯

 観光時間を確保するために中央駅近くに宿を取りましたが、実はもう一つのお目当てがありました。グランプラスの夜景が見たかったんです。知らない土地で夜に公共交通機関を使うのは不安ですが、歩いて戻れる距離なら夜景も堪能できるかな、と。食べ終わった時点では日没までまだ1時間弱ありましたが、おかげで夕闇から夜景までを楽しむことができました。

夕焼けに染まるグランプラス
夕焼け

日没後にライトアップ開始
ライトアップ

ホテル近くで、ロートレックっぽく
夕焼け広場

 さて、これでブリュッセル観光もお終い。明日は飛行機に乗って一路日本へ戻ります。

5月9日(木):ブリュッセル早朝散歩、そして空港へ

 朝食を済ませ、荷造りも終え、ふと時計を見るとまだ空港に向うには早すぎます。観光スポット近くに宿泊しているメリットを活かし、早朝観光に出かけることにしました。さすがに7時台ではどこも閑散としており、おかげで昨日と違ってじっくりと近くによって観察することが出来ました。それでも、8時を過ぎたら中国人団体客がグラン・プラスに登場。日本の団体旅行の場合、観光はさすがに9時台くらいからじゃないかと思います。中国人は朝から元気だな。

なぜブリュッセルにラ・マンチャの男?
ラマンチャ

 中国人の団体様が現れたとはいえ、閑散としていてまだまだ空いている時間であることに変わりはありません。昨日は近づく気も起きなかった小便小僧氏とツーショット写真を撮ることができました。それにしても、中国人団体客が早朝から活動を開始するのはデフォなんでしょうね。開店が朝遅く、閉店が夜早いヨーロッパのくせに、小便小僧周辺のお店はいくつか開けてました。8時台にもうお店が開いてるなんて驚き!

ワッフルのサンプル。ベースが1ユーロで苺やバナナなどは別料金
ワッフル

 帰りの便はムスリムミールではなく、興味半分でコーシャーを注文してありました。以前ANAに乗ってコーシャーを注文した際、客室乗務員が席までそれを持参し「未開封の確認」を求められました。どうもこの「未開封の確認」は定められた手続きのようです。フィンランド航空でも客室乗務員が箱を持ってやってきました。「自分で開けますか?私が開けてもよろしいですか?」と。コーシャーを頼むヒジャーブした日本人って、我ながら変な構図だと思います。客室乗務員さんも不審に思ったことだろう・・・ ちなみに、海路郎さんのムスリムミールはフィンランド特産(?)のキノコを使ったリゾットで、コーシャーミールより美味しかったです。カレーじゃないならそっちの方がよかったな(苦笑)

納品元はアントワープの会社
コーシャー

 そういえば、ヘルシンキでの乗換で自動化ゲートを使ってみました。ベルギー>フィンランドはシェンゲン内の移動なので国内線のようなものですが、フィンランドから日本に戻るのはシェンゲンから「出る」ということなので、ヘルシンキで入管手続きを済ませるのです。日本と韓国の旅券所持者は希望すれば自動化ゲートを使えるとありました。(ただしICチップ入りパスポートに限る) 生体情報の提供にあたるんだろうとは思いますが、日本でやるよりヨーロッパ(しかも北欧)の方がまだしも情報管理がしっかりしてるような気がします。ものは試し、と使ってみましたが・・・やはり気分のいいものではないですね。なんだろうあの機械感。いや、機械なんですけど、自動改札みたいなピっとしたものなら違和感ないのに、機械のカメラでチェックされるからですかねえ。次はおとなしく列に並ぶことにします。

5月10日(金):帰国

 ヨーロッパに行く時は時間を得した気分になりますが、その埋め合わせで戻りはなんか損した気分です。実際には2,3時間しか寝られていないのに、時計の上では一晩経ってますから…一旦帰宅し、気合を入れて出社。そろそろこういう強行スケジュールに体力がついていかなくなるような気もします。

 当初、大会には選手も行く予定でしたが諸事情によりキャンセルになり、結局、海路郎さんと二人で家族旅行となりました。家族旅行とはいえ、cizmaのメインは大会への参加です。日本では審判経験を積めませんし、東南アジアには呼ばれないし、呼ばれても役立たずなので、こうやって自分で欧州遠征を繰り返すしかありません。それでも昨年のように大失態をすることもある。時間もお金もかけてなにやってるんだろう、と思うこともあります。今回は珍しく海路郎さん同伴ですが、シラットのために出かけるcizmaに何度留守番させられていることか。あれもこれも、というのが無理なのは承知の上で、あれもこれもどうにかしたいと思ってしまいます。そのためには、まず地道に国内で競技人口を増やし、試合を組めるようにし、遠征しなくても選手も審判も経験値を積めるようにするのが、遠くて長い道でも最終的には近道なんだろうな。うーん、キビチー。 ベルギーは家族で始めて30年か。欧州という地の利があるにしても・・・すごいなぁ。いつか日本で大会をする日が来る・・・んだろうか・・・想像できない・・・

おまけ マレーシアのお土産

 マレーシアからは国代表チームと州代表チームが大会に参加してました。双方を統括するチームマネージャーがこの缶バッジをそれぞれ袋いっぱいに持ち込んで配りまくり、最後は「ご自由にどうぞ」と受付に置くまでに。みれば、チームメンバー(スタッフ選手問わず)も結構な割合でこのバッジをつけてます。なんでしょう、もしかして選挙結果次第では選手やスタッフが入れ替わってしまったりするんでしょうか?? それともただ単に投票日を控えて余ったグッズを持ってきただけ?

選挙結果はどうなったんでしょ
バッチ